大井川通信

大井川あたりの事ども

『死者の書』折口信夫 1943

ある読書会で『死者の書』を読む。課題レポートを事前に提出するやり方は初めてだったが、とてもよく機能していた。読書会で起こりがちなのが、発言者と発言内容がかたよってしまうことだ。そして、悪貨は良貨を駆逐するの言葉どおり、本の内容から離れた世間話が幅をきかせることになる。

課題のテーマごとに全員の報告の機会があるので、参加者の満足度も高いし、得られる情報量も大きい。一般的な読みの傾向や、自分の読みの位置づけまでわかってしまう。

以下、その時提出した課題レポートから。

1 印象に残ったシーン
修道者が「こう こう こう」と魂呼ばいの行をしているとき、塚穴から「おおう…」と死者の声が聞こえた場面。
「あっし あっし あっし」と若人たちが足踏みする中、山の上に尊者の大きな半身が現れ、雲とともに郎女(いらつめ)の眼の前に舞い降りる場面。

2 「郎女」と「俤びと」について、思ったことを自由に書いてください。
豊かな才能と感性をもった若い女性が、半ば幽閉されて、写経などに没頭すれば、異様に研ぎ澄まされた感覚をもつようになるだろう。このため、遠方からの死者のメッセージを受けとめたり、理想的な人物や世界の姿を目の前にありありと見たりすることができたのかもしれない。

3 「死者の書」というタイトルの意味をなんだと思いますか。
死んだ者のリアルな視点から物語が始まっていること。しかし、この具体的な死者の視点は途中で放棄されているから、全体のタイトルとして少し違和感がある。死者の視点と郎女の視点との交錯がスリリングだったので、後半はやや残念。

4 感想
中学校の国語教師が授業中紹介したのを覚えているが、数十年たって、ようやく読了。意味も読みもよくわからない言葉がまじっているが、短くリズミカルなためか、ふわふわと運ばれるように心地よく読めた。
古代が舞台のいわば絵空事の世界だが、登場人物の心の動きは近代人のように合理的で、心理描写も的確。それが意外に読みやすかった原因だと思う。

5 疑問点
ストーリーの中で、いくつかのモノの終わりが描かれているのが気になる。貴族の屋敷は、石城で囲うのをやめて、築土垣となる。唐土の才が、やまとごころと入れ替わる。語り部の老女の物語に耳を傾けるものがいなくなる。これらの喪失は歴史的事実という以上に、折口自身が持つ同時代への危機意識を投影したものではないだろうか。