大井川通信

大井川あたりの事ども

赤松と黒松

昔、知人から、赤松と黒松の松葉の見分け方を教えてもらったことがある。そのときは、樹木にも、まして松葉には特に関心がなかったので、そんなものかと聞き流していた。

大井川歩きを始めて、地元を意識するようになった。今の地元は、海沿いなので、黒松が多い。かつての地元は、内陸の東京武蔵野だったから、赤松が目立っていた。遊び場の一橋大学構内には、少し歪曲しながら高く伸びる赤松の大木が並んでいて、それが故郷の原風景の一部となっている。赤松は、幹の上の方では樹皮がはがれて赤く染まったように見えるのだ。まるで夕陽を浴びたみたいに華やかに。黒松の黒一色の姿は渋いけれど、どこか物足りない。

今年に入って、知り合いの主宰する現代美術展で、大量の松葉を人に見立てた作品に感銘を受けた。それで、かつての説明を思い出して、実際に見分け方を実験してみたいと思いついたのだ。ところが、現在の地元の海岸沿いは黒松ばかりだ。心当たりの里山の中の松を訪ねてみたが、見事な黒松の大木だった。以前この里山を歩いている時に、落ちている松ぼっくりの大きさに驚いたことがある。子どもの頃に見慣れた赤松のそれより、黒松は一回り以上大きいのだ。

帰省中、一橋大学の構内に入った。一カ所黒松が植えてある場所があって、その表示があったのを覚えていたからだ。目当ての場所に黒松はあったが、黒松の表示が撤去されていたのは残念だ。自生ではなく管理されているためか、盆栽のような小ぶりな樹形になっている。

手を伸ばして松葉をとり、手の甲にあてるとチクチクと痛い。一方、そこら中にある赤松の松葉は、柔らかくしなって痛いというほどではない。この硬軟が、黒松を雄松、赤松を雌松と呼ぶ理由だとも聞いている。

実験成功。サンプルを収集して満足したが、黒松しか目立たない地元では、こんな説明を聞いて喜んでくれる人はいないだろう。赤松を見つける、という大井川歩きの新たな課題ができた。