大井川通信

大井川あたりの事ども

落とし物シンドローム

妻が彫金教室の帰り、道具や作品をつめたキャリーバックを無くしたと青くなっている。博多駅前広場でイルミネーションを見て、ケーキを買って、駅ビルのエスカレーターに乗っているとき、ふと、キャリーバックを引いていないことに気づいたのだという。中には、20年くらいコツコツ作り続けている思い出の作品や、高価な材料、今までのノートなどがある。

駅前広場で写真を撮ったときか、ケーキ屋で会計をしたときに、バックから手を放している。あわてて思い当たる場所に戻ったが、影も形も無かった。ちょうどクリスマスシーズンで、見物客や観光客がごった返す場所だ。駅ビルや警察署にも落とし物の届け出がなかったから、後日出てくることはないとあきらめムードになった。

それから三日たって、遠方の警察署から連絡があった。なんとバスの中に置き忘れていたので、バスの終点の営業所が警察に届けてくれたのだ。

妻がなんでも老化のせいにして不可抗力みたいなことを言うから、実体験の必要からいくらか記憶力の勉強をした僕は、こう説明した。

年齢とともにまず弱くなるのが、次の行動に備えて一時的に必要な内容を心の中に留めておくワーキングメモリーだ。これは誰も同じだから、悲観することじゃない。外出先では身体から絶対に持ち物を放さないとか、席を立つとき周囲を必ず確認するとか、ルールを決めて習慣化すれば、落とし物や忘れ物の対策になる。

実際、5年ほど前、職場が変わったばかりの時、頻繁に物忘れによる失敗が起きて、自分がどうにかなったんじゃないかと思えた時があった。その時の手帳のカレンダーには、失敗の内容がずらっと書き込まれている。

やがて自然に失敗が収まったから、おそらく失敗のパターンを自覚して、それを補うように習慣を作り替えたのだと思う。

キャリーバッグを取り戻してほっとした日の夜、僕は一人でスーパーに出かけて買い物をした。家に帰ると、おせちの具材をつめこんだ袋が無くなっている。まさか台の上に置き去りにすることはないから、車に積んだあと、油断して鍵をかけずに追加の買い物に戻った2,3分の間に盗まれたのだろう。高価なおせちの具材の袋だけを盗むとはかなり手慣れた犯人だ。

しかし、翌朝、念のためスーパーに確認すると、台の上の普通の忘れ物としてお店に回収されていた。担当の店員さんいわく、「とにかく、忘れ物は多いんですよ。そのまま置いてあるから、何のために買い物に来たのだろうと思ってしまうくらいです」 

一言もございません。