大井川通信

大井川あたりの事ども

『社会的共通資本』 宇沢弘文 2000

柄谷の本で紹介されていたので、この著名な著者の本を手にとってみる。新書の体裁だけれども、経済学の大御所だから、とてもシンプルなテーゼを正攻法で論じていく。

繰り返されるテーゼは、言われてみればきわめてまっとうなものに思えるのだが、経済学や世間の常識には反している。だからそれを実際に社会に当てはめて考えてみると、大きな射程をもっていることに気づく。

社会的共通資本(Social Common Capital)とは「一つの国ないし地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置」と定義される。

この社会的共通資本は、大気・水・土壌・森林・河川・海洋などの「自然環境」、道路・上下水道・電力などの「社会的インフラストラクチャー」、教育・医療・金融・行政などの「制度資本」の三つにわけて考えることができる。

大きなポイントは、この社会的共通資本は、国家による官僚的な統制や、利潤追求の市場的な管理によるのではなく、社会的に管理(専門的知見と職業的規範に従った専門家による管理)されなければならないという点だ。今はやりの民営化や市場化でも、政治主導でもない第三の道である。

専門家による管理が万全であるわけではないが、政治家の功名や国民の世論の動向に左右されたり、企業の利潤追求の機会にされたりするよりは、安定的な運営が可能だろう。社会的共通資本は、その定義からして国家や市場の手段や道具になるものではなくて、国家や市場とは対等以上のそれ自身の存続が目的となるべきものなのだ。

本書の中では、あるべき農村や都市の姿それ自体が、社会的共通資本として具体的に論じられているのが興味深い。地域丸ごとを大づかみにして価値づけるような視点がここにある。僕の大井川歩きにとっても、大切な手がかりとなる概念だと思う。