大井川通信

大井川あたりの事ども

新型コロナウィルスに感染する ⑰(退院)

いよいよ待ちに待った退院の朝。いざその時になると、マリッジブルーではないけれども、手放しでは喜べない気持ちになる。献身的な治療やケアに身を任せていい立場を離れれば、世間の冷たい風にもさらされることになる。

例の病気の感染者に対しては、偏見や差別とまではいかなくても、抜きがたいマイナスイメージが続くだろうし、仕事上でもやりにくさを感じる場面がきっとあるに違いない。

そんな事に負けないためにも、今回の体験で自分がつかんだものを、自分の内側でしっかりと打ち固めておきたい。何よりこれからの自分の生き方のために。

さあ、退院の時間が近づいた。あいにくの小雨だが、いったいどうやって自宅に帰ろうか。在宅勤務の長男に昼休みに車を出してもらう手もあるが、それまで無為に時間をつぶすというのは、今の自分の気持ちにそぐわない。

タクシーで家に乗りつけるのが、大人なら当たり前の発想だろうけれど、やはり僕らしくない気がする。

コンビニでビニール傘を買って、この土地を踏みしめて、とぼとぼと歩いて帰ろう。今の体力で長くは歩けないが、せめてJRの駅までは、フィールドをたどろう。病棟の廊下で再び歩き始めた僕の足跡を、この土地につないでいこう。力をくれたフィールドへの感謝をこめて。