大井川通信

大井川あたりの事ども

『地下水と地形の科学』 榧根(かやね)勇 2013(1992)

1992年にNHKブックスで出版された『地下水の世界』の増補改訂版。学術文庫での刊行当時、すでに大井川歩きを始めて水への問題意識があったから、購入して半分以上は読んでいたと思う。今回は、「杜人インパクト」で再び手に取って、読み通した。

面白かった。理系の研究者ではあるけれども、まだ若い学問である地下水の科学を作っていく30年間のドキュメントにもなっていて楽しい。文章のなかに「私」が存在している。地下水の抽象的なモデルや計算式の説明もあれば、世界各地へのフィールド調査の様子、日本の特定の地域での腰を据えた調査研究、公害問題や地盤沈下等の社会問題とのかかわりなど、話題は盛沢山であきさせない。

なにより僕の生まれ故郷である多摩地区(武蔵野台地)での地下水や湧水を詳細に扱った章もあり、ある程度予備知識があることもあって、がぜん興味を引いた。

20年後の増補で追記された視点は、近代科学の在り方への疑問である。地下水はコモンズ(公共財)であり、水循環は生物の多様性をはぐくんでいる。これを扱うためには「臨床の知」であり「統合的な新しい知」でなければならないと著者はいう。

ところで、この本を読み返して、あらためて気づいた基本的なことがある。地下水の科学が扱うのは、人間が井戸水や工業用として利用する水資源である。井戸や湧水が枯れたり、地盤が沈下したりして人間が困るから、水資源の持続的な利用のために困らないような方策を探ろうというわけだ。

社人が扱っているのは、もっと表層の水循環であり、それによって植物等が生かされている。その機能不全は植物の悲鳴によって知らされるが、崖崩れなどを引き起こす要因ともなって人間の生活にも影響を与えるのだ。

このミクロの表層の循環をモデルに、人間と自然の在り方全体を考えようとするのが、社人の発想のオリジナリティだろう。