大井川通信

大井川あたりの事ども

『クマゼミから温暖化を考える』 沼田英治 2016

数年前からの積読だったが、今回のセミのマイブームで手に取ってみた。若い読者向けの本だが、面白い。クマゼミが大阪の街で増えたという事実を、さまざまな角度から、根気よく調べていく。著者の探究を支えるのは、次のような信念だ。

「大学の教員は社会との関係において研究テーマを決める時があってもかまいませんが、基本的には自分の『知りたい』という気持ちで研究テーマを決めるべきです。社会から要請のある、経済的な利益に直接つながる研究だけをしているのでは科学全体は発展しません」「それよりももっとわたしが言いたいのは、『知らないことを知りたい』と思うのは、人間が生きていく上で基本となる性質だということです」

近年クマゼミが東京にまで生息域を拡大している理由を温暖化に結びつけるのは、素人でも直観的にわかる。しかし、そのメカニズムを科学的に解明するのは難しい。著者たちの研究は、クマゼミの卵がアブラゼミに比べて冬の寒さに弱いわけではない、という意外な結果をもたらす。ではなぜ、クマゼミの生息域は南に限られていたのか。

セミの卵は枯木の枝などに産みつけられて、翌年の初夏に孵化した幼虫が、地面に落ちてから地中にもぐって地下生活を開始する。セミの一生のうち、この瞬間が一番の危機で、多くの幼虫がクモやアリなどに捕食されたり、乾燥で死んでしまう。

上手く地中にも潜り込むためには、梅雨時の雨のあとに柔らかい地面に落ちる必要がある。クマゼミは他のセミたちよりも卵の発生速度が遅く、孵化の時期が梅雨以後になってしまうため幼虫が生き延びることができなかった。温暖化により卵が早く孵化可能になり、梅雨時に間に合うようになったのが、クマゼミが生存できるようになった要因だ。

また、ヒートアイランド現象により都市の乾燥化が進んでいるが、クマゼミの卵はアブラゼミより乾燥に強い。さらに乾燥により固くなった地面に潜り込む幼虫の能力は他のセミよりかなり高い。これがクマゼミ以外のセミが減った要因だろう。

ところで、僕がこの本から得た一番の発見は、キマダラカメムシのことだ。南方系の大きく美しいカメムシで、1980年頃までは長崎市以外では見られなかったものが、温暖化の影響で、1990年代後半からは本州にも分布を広げたと書かれている。

実は我が家のケヤキで、おそらく10年くらい前から見かけるようになったカメムシなのだが、図鑑にも載っていないので、少し似ている日本産のクサギカメムシだろうと誤解していた。幼虫は、灰色の宇宙生物みたいな奇妙な姿だ。今年も成虫も幼虫も何匹も見かけている。長年の宿題がようやく解けて、すっきりした。