大井川通信

大井川あたりの事ども

ロータリーを駆ける怪人

半年ばかり前、こんなことがあった。朝の出勤時、大雨である。憂鬱な気分で歩いていると、駅の近くで、車が跳ね上げた水しぶきで下半身が水浸しになってしまった。駅のロータリーへの進入路(「東郷停車場線」という由緒ありげな正式名称)は車道も歩道も狭く、深い水たまりがすぐにできるから、こういう場合逃げ場がないのだ。

そういうところでは徐行すべきだし、経験上、運転手は「犯行」の自覚が絶対にある。運転中、不意に前輪が大量の水しぶきを上げればびっくりするから、すぐわきの歩行者にかかったことに気づかないはずがない。

僕は一瞬呆然としたが、すぐに気を取り直し、駆け出して車のあとを追った。しかし、間一髪、その車は駅前のロータリーで女子学生を降ろすと、ロータリを回って走り去ってしまった。ロータリーの途中で地団駄踏む老害怪人。

追いついたところで何をするのかは、まるで考えていなかった。ことのところの老害の進行ぶりからして、怒鳴りつけるくらいのことはしたかもしれない。ただ、老害怪人が高速で追いかけてくるという恐怖だけは与えたかったのだ。

もし犯行の自覚があるなら、バックミラーを確認するだろう。そこに髪を振り乱し、傘を振り回して追いかけてくる老害怪人の姿が映っていたら・・・

そして、今日、また朝からの大降りだった。駅の進入路には、またしても水たまりができている。振り返ると、あいにく車が背後から迫ってくる。僕は、傘で水たまりを指して、車に注意を促した。

ところが、二台目の車が大きな水しぶきを跳ね上げ、またしても僕の下半身をびしょ濡れにしてしまう。しかし今の僕には、祈りの力がある。にこやかに手を振って見送るのだろうか。いや、そんなことはなかった。

僕は、前回以上の勢いで、傘を振り回して車を追いかけた。二回目なのでスタートでのためらいはなく、これならロータリーで追いつく、と確信した。しかし、車は駅前ロータリーで徐行したものの、誰も降ろさずに走りさってしまった。

ロータリーの向こう側で信号待ちする自動車にむかって傘を振り回し、地団駄踏む老害怪人。ロータリーを横切れば追いつくことはできたが、そこまでする気持ちはなかった。駅前の停車をためらうほどの恐怖を与えられたら十分だ。

運転手の女性は前を向いていたけれども、必死で気づかないふりをしていたのかもしれない。まあ、これから雨降りの水たまりで歩行者に配慮してくれるならよしとしようか。

 

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