子どもの時の懐かしい本はこれだけで終わり、と断言してしまうと急に不安になる。あわよくば見つけたいと心に引っかかってきた本が、もう一冊くらいはあるのではないか。
大人になってから本屋さんや図書館で、子どもの工作の本の書棚の前にたちどまって、背表紙を目で追ったのはなんのためだったのか。
僕は幼児から小学生くらいの前までは、工作が好きだった。プラモデルを作るのも好きだったし、小学生の日記に、将来「技師」になりたいと書いたこともある。手品も好きで、手先は器用だと思っていた。自分が実は不器用であることに気づいたのは、中学生になってからだ。
技術の時間で中学3年の最後に組み立てたラジオキットが音を出すことはなかった。プラモデルも色を塗ったり本格的なものを作ったりすることはできなかった。天体望遠鏡も経緯台の操作すらよくできなかった。だからその後、モノづくりもDIYも無縁の人生を歩んできた。
気にかかる本は、小学校の図画・工作の成績もよく、自分が工作が得意だと信じていた幸福な時代に購入した子どもの工作の本だ。新書サイズくらいの細長いハンデな本で、いろんな種類の簡単な工作のつくり方の説明があったと思う。
糸巻車の作り方も載っていたが、僕はそのころすでに自分で作ることができたと思う。覚えているのは、工作用紙でつくる紙の輪で、風を受けて自力でくるくると回って走っていく。これは実家の前で実際に遊んだ記憶がある。
ジョルジョ・デ・キリコに、広場で「輪回し」をして遊ぶ少女を描いた有名な絵あるが、あれを見ると、僕はこの紙の輪の工作を思い出す。
長方形の紙を切ってつくるプロペラや筒形の紙飛行機、車輪とクランクを使って手の動くロボットの工作など、僕が得意にした工作でこの本に起源があるものもあると思うのだが、はっきりと覚えてはいない。
装丁も今ではぼんやりとしか思い出せないが、実際に手に取れば、この本だと確信できることはまちがいない。