大井川通信

大井川あたりの事ども

『さる・るるる』の起爆力

五味太郎の絵本『さる・るるる』(1979)を初めて買ったのは、長男の子育ての時だったような気がする。子どもが飽きたあとも面白いから手元に置いていたのだが、いつの間にか無くなっていた。それで、後になって本屋で見つけたときに自分のために購入しておいたのだ。

今年の春に、地域活動の仕事で、子ども連れの女性と他県に出張することになって、2歳の男の子のためにプレゼントを渡そうと考えた時に、手元のこの絵本がちょうどいいだろうと思いついた。

この絵本は小ぶりのサイズで、二色刷りの地味な装丁だ。登場人物もサル一匹だけで、派手な展開があるわけではない。だから、行きの新幹線の中でこの絵本を渡した時も、男の子の受けは今一つだったし、なによりお母さんの反応も薄かった。

絵本(大人の本ならなおさら)のプレゼントというのは難しい。自分なりに満足のいく選書であっても、喜ばれないこともあるだろう。僕はすぐにそのことを忘れてしまった。男の子はかわいく何かと世話が焼けたが、久しぶりに子育ての頃を思い出せて、楽しい出張だった。

半年ばかり過ぎた後、そのお母さんに会うと、男の子が『さる・るるる』に夢中だという。寝るときも、この絵本ばかりをもってきて読んでくれとせがむのだという。おかげで、ひらがなの「る」の字をまっさきに覚えたそうだ。

さすが五味太郎。さすがは『さる・るるる』だ。見かけは小ぶりで地味でも、子どもたちの心の奥深くに侵入して炸裂する起爆力を秘めている。

そうして僕は、本屋の絵本コーナーの片隅で、自分用の三冊目の『さる・るるる』を手に入れた。

 

さる・くる/さる・みる/さる・ける/さる・とる/さる・うる/さる・やる/さる・える/さる・のる/さる・せる/さる・おる/さる・ぬる/さる・はる/さる・つる/さる・ねる

 

※サルを主語にして、動作をしめす述語と組み合わせた二語文と原則見開き二ページのイラストが組み合わされている。二語文は幼児が初めて獲得する文の形式だ。木の実をけり落としたサルが、それを売って竹馬を手に入れるが、竹馬が折れてケガをして寝込むという一連のストーリーが二語文だけでつづられている。