大井川通信

大井川あたりの事ども

「東京ケーキ」と再会する

東京から九州に住まいを移して30年以上が経ったが、風土や習慣などの違いに気づくことが多かった。お祭りの縁日で、「東京ケーキ」というお菓子が売られているのも、東京ではまったく見たことのない屋台だけに印象に残った。

地元の人には子どもの頃からなじみの深いお菓子らしい。東京ケーキという名前は聞いたことはなかったが、ベビーカステラだと言われれば納得がいく。ただし、僕にはベビーカステラには砂糖がかかって甘いというイメージがあるけれども、東京ケーキはさっぱりとしていてほのかな上品な甘みがある。

今から10年ばかり前『テキヤはどこからやってくるのか?』(厚香苗  2014)を読んで、地元の宗像大社の初詣(2015年)の境内の調査をしたことがある。以下はその時のレポート。

 

「僕は、宗像大社の境内に出ている露店商を数え、どんなお店が出ているのか簡単な地図を作ってみた。総数43軒の屋台のうち5軒で買い物をしてどこから来たのか声をかけてみる。

1、『じゃがバター』600円(30前後の男女)「みんな福岡ですよ。ジャガイモは北海道産です」

2、『はしまき』300円(60代女性他)「私たちは熊本」

3、『こんぺいとう』300円(70代女性)「福岡の親戚の店を山口から手伝いに来ている」

4、『チーズボール』300円(40代女性)「福岡のお店」

5、『東京ケーキ』500円(70代女性)「釧路から来た。ホームページにも出てるよ」

宗像大社東京ケーキのお店は、次の週には、博多の東公園に数百軒の露店が並ぶ十日恵比寿(とおかえびす)のお祭りに店を出していた。70歳は過ぎた粋な女店主と中年の息子が中心に切り盛りしている。息子さんは「母がいないと同じ店と思ってもらえない」という。母親が看板娘の役目をしているのだ。北海道では冬は商売にならないから、九州に来ているという。ホームページはないようだが、購入者がブログで紹介している記事は多数あるからそれを言っているのだろう。

十日恵比寿では、東京ケーキのお店はもう一軒あって、そこは福岡太宰府のお店だという。家族経営のようでまだ中学生くらいの女の子が会計をしてくれた。どちらの店も、焼き器から転がり出る丸いカステラ菓子を素手で個数を器用にあわせて紙にくるむ動作は同じだ。

ただ太宰府の店では、店頭に卵の殻を積み上げて「強力わかもと入り」の看板を出している。医薬部外品の滋養強壮剤を菓子に加えているのだ。

厚さんの本によると、露店商は、健康を司る「神農」(しんのう)を職能神としているそうだ。健康によいという触れ込みで食品を扱うことの多かった露店商が、製薬会社と同じ信仰を持っているのは面白い。強力わかもと入りというのも、神農道の現れだろうか」

 

今年の十日恵比寿に出ていたのは、この釧路のお店だった。「看板娘」のお母さんも健在で、袋詰めの技量も変わらない。コロナ禍で二年ぶりの出店だという。もう一軒の福岡のお店は残念ながら廃業してしまったが、そのお店を引き継いで始めようという人がいるらしい。