大井川通信

大井川あたりの事ども

しゃちこばる

本を読んでいたら、「しゃちこばる」という言葉が使われていた。

まるでなじみがない言葉に出会うのは、この年齢まで本を読んできて、今さらあまりない経験だ。ただし、まったく手がかりがないわけではない。緊張して硬くなるという意味だとは、なんとなく想像はつく。

辞書をひくと、「しゃちほこばる」の形で出てきて、「しゃちこばる」はその短縮形だとわかった。こちらの形なら、意味も想像しやすい。漢字で書けば、「鯱(しゃちほこ)張る」で、あのお城の天守閣の屋根などで、尾を振りあげていかめしく構える想像上の魚の姿に由来する言葉だ。

しかし、実は「しゃちほこばる」の響きも、「しゃちこばる」同様なじみがないのだ。こういう言葉を身近な人や自分が使ったことはおそらくない。しかし、なぜ漠然と意味の連想ができるのだろう。

辞書をさらによくみると、口頭では「しゃっちょこばる」ともいうと書いてある。すぐにはピンとこなかったが、この発音を繰り返すうちに、しだいに言葉が口になじんできて、断然これは知っている言葉だという気がしてきた。

東京方言のようなものかもしれないが、親をはじめとする大人たちは「しゃっちょこばる」としか言わなかった。この形からシャチホコを連想するのは無理だから、僕はいかめしさよりも、緊張してがちがちになった「ひょっとこ」みたいなおどけた仕草を想像していたと思う。