大井川通信

大井川あたりの事ども

『なまえのないねこ』竹下文子(文)・野田尚子(絵) 2019

猫を飼うようになってからは、猫を主人公にした絵本がどうしても気になってしまう。

しかし、そもそも絵本にはなんでこんなにも動物たちが多くでてくるのだろう。猫や犬については、ペットとして家族目線でふだん見ているからわからないでもないが、登場するのが全部なじみのない動物だったりする話が普通にある。今時の絵本でも、かつてのおとぎ話以上に動物の話が多いのだ。当然ながら、大人になって読む小説にしゃべる動物たちが登場人物である話はほぼないだろうし、考えてみれば子ども向きの絵本でも人間たちが主人公の話だけでもいいような気がする。

絵本の世界で、動物たちが人間と対等の主体であり仲間であるという感覚を養うことはとても大切だと思うのだが、そういう意図があって今の結果があるわけではないだろう。ぜひ考えてみたい。

ところで、標題の作品に戻ると、やさしいストーリーの中に、名前をめぐるとても大切な認識が含まれている哲学的な作品だ。しかし、ほとんど理屈っぽさを感じさせないのは、よく練られた作品だからだろう。

今から30年くらい前、当時カリスマ的な人気のあった柄谷行人が「固有名詞」をキーワードとして使って、思想界でちょっとしたブームとなったことがある。固有名詞は、別の言語に翻訳されることのない普遍性を持つが、それはその対象を唯一の存在としてみる態度や関わりに基づいている、というような内容だった。

この絵本は、名無しの野良猫が名前を求める本当の理由に最後に気づく、というストーリーで、そこで語られるのは、この固有名詞の本質についてだ。

「そうだ。/わかった。/ほしかったのは、なまえじゃないんだ。/なまえを よんでくれる ひとなんだ。」

これが、その猫の最後のセリフ。猫を愛する者として、こんな素敵なハッピーエンドは本当にありがたい。