大井川通信

大井川あたりの事ども

『世界のはじまり』 バッジュ・シャーム/ギータ―・ヴォルフ 2015

年齢を重ねて、知力や根気が衰えてくると、膨大な活字が詰まった本はしだいに役にたたないものになっていくだろう。だからこそ今のうちに読んで後悔がないようにしておきたいという気持ちがある。

一方で、自分が年老いた後でも変わらず楽しめる本を手元に残しておきたいという思いもあって、それが絵本を読書の軸にすえて少しづつ蔵書を増やしている理由でもある。数年前からこの作業を始めて本当に良かったとおもえるのは、これはという絵本に出会うためには、それなりに時間と手間がかかり、偶然という要素も大きいということに気づいたからだ。

マンロー・リーフに出会ったのは幼稚園の卒業記念として。みやざきひろかずの絵本をたまたま書店の書棚で見つけたのは、もう20年前のことだ。今では書店でも図書館でも彼らの絵本が目につく場所に置かれる機会は多くはない。

一昨年、近所のモールの本屋でクエンティン・ブレイクの『緑の船』に出会えたことなどは奇跡に近い気がする。その後どんな大きな書店にいっても、クエンティン・ブレイクの絵本の在庫はほとんど見当たらなかったから。

本書の『世界のはじまり』も、たまたま書店で手に取ったのだが、不思議な深い魅力に満ちた作品で、これから繰り返し読み続けるのはまちがいないという気がする。

中央インドのゴンド民族に伝わる創成神話に基づいて創作された絵本で、「水と魚」「大気とカラス」「泥とミミズ」「大地」「昼と夜」「季節」「植物と種」「動物と卵」「人間と芸術」「死と再生」をそれぞれテーマにした詩と絵が見開きで並べられている。このテーマの選択には土俗的な伝承を超えて、世界の普遍的な道行きを示す上での動かしがたさが感じられる。

それぞれの絵にはマジックが秘められていて、素朴だが細密な描法と鮮やかな色彩によって眩暈に巻き込まれるようだ。いくら眺めても見飽きないし、その謎を解きつくすこともできないだろう。

南インドの工房で、手すきの紙にシルクスクリーンで印刷され、一冊一冊手作業で製本されたというのも魅力的だ。