大井川通信

大井川あたりの事ども

空に真赤な

詩歌を読む読書会で、北原白秋の詩集を読む。岩波文庫の二巻本で、あわせて600頁になるからかなりの分量だ。近代詩の中でも、白秋はまったく読んでなかったので、いろいろ感慨深く、気づきも多かった。国民的詩人と言われていたくらいだから、これが白秋の作だったのか、と驚く詩もあった。


空に真赤な雲の色。/玻璃に真赤な酒の色。/なんでこの身が悲しかろ。/空に真赤な雲の色。(「空に真赤な」)

玻璃(はり)とは、水晶とかガラスを意味するから、グラスに注がれたワインのことだろう。

子どもの頃、夕方の時代劇の再放送で、萬屋錦之助主演の『長崎犯科帳』をみた。時代劇の中で一番好きなものかもしれない。異国情緒たっぷりの長崎で、昼行燈と揶揄される長崎奉行が、闇奉行となって仲間と悪を裁く。そのドラマの冒頭だっただろうか、この短詩が毎回朗読されていた。


真実、諦メ、タダヒトリ、/真実一路ノ旅ヲユク。/真実一路ノ旅ナレド、/真実、鈴振リ、思ヒ出ス。(「巡礼」)

若いころ読んだ山本有三の小説『真実一路』の巻頭に、確かこの短詩の後半部分が載せられていて、意味は分からないながら、今でも口についてでるほど印象に残っている。

しかし、『長崎犯科帳』も『真実一路』もその作品自体がすでに古く、今はもうほとんど人目に触れないものだ。

読書会の参加者の内、文学好きな40代二人が、白秋の代表詩「落葉松」を今まで読んだことがなかったと聞いて、年配の参加者は絶句した。少なくとも僕の頃までは、教科書の定番だったし、お年寄りの施設で「落葉松」の朗読をみんなで楽しんでいるという話も出たから、当時は誰もが知るなじみの詩だったのだ。

この国には、やはり詩を大切にする風土はないということなのだろう。