大井川通信

大井川あたりの事ども

詩集『声と冒険』(岡庭昇 1965)から

午後の乳母車の歌  岡庭昇   

乳母車が走る/やさしいそぶりで増殖しつづける霧を裂き/白いすじを作りながら/まっすぐに走ってゆく/九段坂上をぼくはゆっくり歩く/乳母車が千代田城濠わりの横を走ってゆく/熱っぽい眼、ひらかれようとするくちびる、破れた旗、いくつもの記憶が流れはげしく流れる/乳母車が石段を駆け上る/切りさかれた空/乳母車が車道を横切る/切りさかれたアスファルト/休日の群衆を乳母車がとびこえる/切りさかれた日ざし/乳母車が走る/切りさかれた麹町警察署/ぼくのなかにいくつもの言葉がふくらんでくる/やがて明晰さがぼくを跳ばせるだろう/乳母車が小さくなる/われわれの疲れた視線のむこう  疲れた並木のむこうの青い空からやってきて/乳母車はだるい昼食と広告キャンペーンと静かな生活の中にかけていく/(それはわれわれの義務であったはずのもので)/誰もさえぎることはできない

・・・以下略・・・

 

岡庭昇の処女詩集を初めて手にした。60年代という時代を背景に、都会を走り続ける乳母車の幻想をリズミカルに歌うこの詩が気に入った。

「やがて明晰さがぼくを跳ばせるだろう」という詩句は、70年代の彼の批評家としての飛躍を予告しているようだ。