大井川通信

大井川あたりの事ども

『思考の整理学』 外山滋比古 1983

ずいぶん前から本屋さんで平積みにされているのは気づいていたが、実際に手に取ることはなかった。今年になって、簡単な講演録を増補した文庫の新版が出たので、たまたま手にとってみた。自分が今から思考に力を集中しないといけないと考えていることが後押しとなったのかもしれない。

読んで、いろいろ気づいたことがある。著者の英文学者外山滋比古(1923-2020)の読みが「とやましげひこ」であること。戦中派の人が書いているから相当古い本だというイメージがあったが、意外に新しく僕が大学4年の時の出版で、文庫化がその3年後であるということ。僕の学生時代にはまだ評判になっていない本だから、僕が手に取ることがなかったのだろうこと。著者はベテランだが、出版年に見合った新しい視点が盛り込まれた若々しい本であること。

つまり、情報化やコンピューターの普及の問題、それに伴う新しい知の在り方についての問題提起など、現代に引き続くリアリティのある論点が並んでいる。まだノートパソコンの普及の前だから、ノートやスクラップ、カードシステムのことなどには時代を感じさせられるが、古くなっているのはそれくらいである。

ふと同じ年に出版され、最近文庫化された『構造と力』のことを思い出す。著者の年齢こそ新進の大学院生と還暦の老学者という違いはあるが、新しい時代の変化にいち早く気づいてそれに対応する思考の在り方を提起したという点で共通しているものだ。その後戻り不可能な地殻変動をしっかりとらえていたからこそ、40年経った今も両書とも新鮮で啓発の力を失っていないのだろう。

知識の蓄積よりも思考の力を重視して、生み出されたアイデアを網羅的に記録しつつ大胆に忘却の洗礼を受けさせて熟成させ、あるいは違う文脈の中に置いて飛躍させるなど、徹底して方法化された「思考の整理学」には目を開かされた。僕などがきわめて中途半端に、無自覚に使ってきた方法の詳細がここにはある。

第二次的現実(文字と読書と映像によって作り上げられた観念の世界)が圧倒する現代において、第一次的現実(前近代的でありながら同時に現代的でもある、ナマの生活)からこそ真に創造的な思考が生まれるという指摘は今の僕には特に心強かった。