大井川通信

大井川あたりの事ども

恐怖と事件

『三陸海岸大津波』 吉村昭 1970

この書物を読むと、まるで2011年の東日本大震災の時の大津波の記録を読んでいるような気になる。あの時には、福島原発が「想定外」の被害を受けたということもあって、千年に一度くらいの稀な津波被害に、運悪く巡り会ったかのような印象を受けていた。事情…

タヌキの街

近頃は、東京の都会でもタヌキの姿が見られるそうだ。僕の住むあたりでは、昼間でもタヌキを見かけたりもする。だから、タヌキ自体、それほど珍しいものではない。ただ近所も里山の開発が進んで、じりじりとタヌキの住める森の面積が減っているのは間違いな…

フードコートの窃視老人

家族で、近所のモールに買い物に出かける。隣町に巨大なイオンのショッピングモールができてからは、わが町のモールはすっかり中高年向けの施設になってしまった。家族の待ち合わせ場所は、いつものようにフードコートだが、休日だというのに、目につくのは…

白い象の恐怖

今の人は、花祭りといっても、何のことかわからないだろう。キリスト教で言えばクリスマス、仏教のお釈迦様の誕生日を祝うお祭りである。しかし、僕も、子どもの頃読んだ本でそんな知識を蓄えただけで、実際に花祭りというものを見たことはなかった。 そこは…

隣人を推理する(その3)

カーポートに面した我が家の壁には、風呂場の窓とトイレの窓とが並んでいる。どちらもアルミの格子がはめられているから油断していたのだが、のぞきを妨げるものではない。風呂場の窓は低い位置にあるが、トイレの窓は2メートルほどの高さがあって、踏み台で…

隣人を推理する(その2)

たぶん同じころだと思うが、我が家の風呂場がのぞかれるという事件があった。風呂場の窓は、隣家の敷地と我が家のカーポートをはさんで向かい合っている。 妻が風呂に入っているとき、換気のために数センチだけ開けていたはずのサッシの窓が、気づくと10セン…

隣人を推理する(その1)

窓を開いて部屋の片づけをしていると、空き家になっていた隣家から子どもたちの歓声が聞こえる。ベランダで不動産屋らしきスーツの男が説明している様子が見える。入居希望の家族だろうか。 隣家の主人が職場での盗撮事件で逮捕された旨の記事が新聞に出たの…

ため池の子どもたち

ひろちゃんの娘さんから聞いた話。 子どもの頃、おてんばだった娘さんはマスマル池に入って泳いだそうだ。池の土手では友だちや弟が見守っている。もう足がつかないところまできたとき、子どもたちが騒ぎだした。娘さんの先を泳いでいたいとこの女の子が、お…

地蔵のある家

大井の兄弟をめぐる悲劇も、それを知る人がいなくなれば、忘れられていくだろう。やぶの中の地蔵だけが、その痕跡となるだろうが、その意味を知ろうとする人は、これからの時代にはあらわれそうにない。 かつては、そうした記憶はもっとながく受け渡されてい…

飲み仲間の家

兄弟のいさかいによる悲劇は、おそらく四、五十年前の話だろう。家屋も取り払われて、集落の記憶の中で日付も輪郭もあいまいになっているが、かえって濃密なリアリティが感じられる。これが10年前の事件となると様子は別だ。 大井で、ある男の自宅で3人が酒…

兄弟の家

大井で以前にあったこと。 ある家に住む兄弟同士が、何かでいさかいを起こし、一人が一人を鎌で切りつけたのだという。血だらけになって倒れた兄弟を見てようやく我に返った男は、兄弟を殺してしまったと思い、近くの木で首を吊ったそうだ。切られた方の兄弟…

年賀状がこわい

いつの頃からか、年賀状が恐ろしくなった。誰に出すべきなのか、何を書くべきなのかがよくわからない。いや、考えればわかる程度のことだが、それを考えるのがおっくうだ。 パソコンで作成するようになってからは、作り出したら一晩で出来てしまうほど手軽に…

森で招く赤い人影の恐怖

毎日、通勤の車で森の中の道を走っている。道の両側の草が刈られたので、森の中が見とおせるようになった。暗い森では、雑草も茂らないのだ。 12月も半ばを過ぎて、森の中のあちこちに赤い人影のようなものが立ちすくんでいるのに気づいた。暗い森の中で、…

小石川家族殺傷事件(事件の現場8)

今から10年前の2008年に、東京小石川の印刷所で、凄惨な事件が起こった。社長の男が、経営の行き詰まりから、創業者である父親と母親、自分の妻を殺し、現場を目撃して逃げた長女以外の二人の子どもに重症を負わせたという無理心中事件である。本人は自殺を…

三億円事件から50年(事件の現場7)

三億円事件発生から、今日でちょうど50年だそうだ。 僕はずっと以前から、事件現場に足を向ける趣味があって、オウム事件の時は、上九一色村のサティアンを見にいったりした。実は今回の東京出張でも、五つの美術館とともに二つの事件現場をはしごした。何気…

鬼女が刀を振り回して橋を渡る(事件の現場6)

東京深川の富岡八幡宮にお参りした。昨年の12月7日に、現宮司の姉が元宮司である弟に刺殺されるという事件が起きた場所である。犯人である元宮司夫婦が、神社を解任された後5年ほど住んでいたのが、僕と同じ市内の近隣の住宅街だったことは前に書いた。 事…

麻酔の恐怖(続き)

足首の金具をはずす手術のあとは、部分麻酔が十分に効いていたから、前回の時のような激痛は免れた。しかし、その代わり少し不思議な体験をした。 手術した右足は、ふくらはぎから足首まで包帯におおわれて、足指の付け根くらいから上だけが露出している。そ…

麻酔の恐怖(その1)

以前に足首の骨を折ったときに、全身麻酔の手術を受けたことがある。移動用のベッドに載せられ手術室に入っていくとき、仰向けに見上げる部屋の天井や医師たちの様子が、映画のシーンみたいで既視感があった。人生の最期に観る景色は、こんなものかもしれな…

新幹線の鼻づら

自分が漠然と感じていながら、とりたてて言葉にしていなかったことを、他の人から指摘されて感心する、ということがたまにある。ある会合で、怖いモノ、の話がでたときに、新幹線の先頭部分(正式にはノーズというのだろうか)が怖い、という若い女性がいた。…

木の穴の恐怖

ヤマガラが、木の幹に出来た穴に何度も出入りしているのを見てから、林を歩いていても、木の穴がむしょうに気になりだした。上を向いた木の穴には、水がたまっていることがある。ヤマガラは、そこで水浴びをしていたのだ。 その同じ穴の中に、今度は、スズメ…

9.11の夜

どうということのない日常の出来事が、いつまでも新鮮に思い出されるということはあるが、やはり社会的に大きな事件は、はっきり記憶に残るものだ。 2001年の当時は、仕事が忙しく、深夜の帰宅が当たり前だった。長男が小学校に入学し、次男は2歳に。頭を床…

オウム教祖、死刑執行

麻原彰晃らオウム教団幹部の死刑が執行された。早朝から記録的な大雨となり、通勤途上、田んぼのイネもあぜ道も水没して湖面のように広がっていたり、濁流が川岸からあふれそうになったりするのを見て、不安な胸騒ぎのする朝だった。 今まで死刑囚について、…

『ハードカバー 黒衣の使者』 ティボー・タカクス 1988

若いころ、ホラー映画のビデオばかり見ている時期があった。現実逃避の時間つぶしだったような気がするが、なんとなく忘れがたい作品もある。家族にこの作品をリクエストされたので、埃をかぶったVHSのテープと再生機を取り出してきて、久しぶりに観た。 主…

化かされた話(森の恐怖)

森の中に通じる小道の入り口に、遠目には、白と黒に色分けされた紙袋のようなものが置かれている。周りで鳥が騒いでいる。あれは何だろう。 近づくにつれ、紙袋ではなく、こちら向きで座る白黒の子猫だとわかった。この辺で見たことのないかわいい猫だ。鳴き…

地下鉄サリン事件23年(事件の現場5)

1995年は、日本社会にとって大きな転換点となった年だといわれているが、僕にはそれに個人的な転機が重なり忘れがたい年になった。 1月に阪神大震災が起こり、戦後の平和な社会の中で、大都市が破壊される姿を初めて目の当たりにする。世間がまだ騒然と…

クルマの恐怖

地方都市で、転勤の多い仕事なので、実際に車でしか通勤できない職場に通うことが多い。中央分離帯なんてもののない狭い道を高速で走ると、トラックや自家用車が次々にすれ違っていく。時々、そのどれか一台がわずかにハンドル操作を誤るだけで、正面衝突の…

池のほとりで(事件の現場4)

たまに散歩したり、駐車場でつかったりする小さな公園で、酔った大学生が池に落ちて亡くなったという。先日も学生が罰ゲームか何かで防波堤から海に飛び込んで命を落としたという報道を目にしたが、こちらはよく整備された浅い池だ。大学4年生というから、…

『富江』シリーズ 伊藤潤二 1987-2000

ホラー漫画といえば、長い間楳図かずお(1936~)以外考えられなかったが、近ごろ伊藤潤二(1963~)の良さを知るようになった。『富江』は、以前に映画をビデオで何本か見て印象に残っていたが、原作を初めて読んでみた。伊藤が楳図かずお賞に応募してデビ…

博多一家四人殺害事件(事件の現場3)

大井川周辺の聞き取りでも、何らかの事件や事故に関連して、その供養のためにまつられた石仏やホコラの話が何件もでてくる。旅の人間が行き倒れになった場所に不動さんをまつったとか、殺人のたたりから子孫を守るための地蔵とか、雷に打たれて人が亡くなっ…

富岡八幡宮宮司殺人事件(事件の現場2)

昨年末に、東京の有名神社で、姉の宮司を、元宮司の弟夫婦が待ち伏せして日本刀で刺殺し、自害するという凄惨な事件が世間を騒がした。 この事件は、元宮司のかつての豪遊等の報道で、由緒ある神社の経営の乱脈ぶりを明らかにした。しょせん世俗まみれなのか…