大井川通信

大井川あたりの事ども

『たぬき学校』 今井誉次郎 1958

小学生の時、自分のおこづかいで買った記憶がある。懐かしくて、一度県立図書館で借りて読んだことがあったが、今回はネットの古書で手に入れることができた。

ポン先生は、いつもタヌキの子どもたちに漢字百字の書き取りの宿題を出している。ある日、優等生のポン太とポン吉が珍しく宿題をやってきていない。先生が怒ると、ポン吉が、「とうちゃんや、かあちゃんが、いっしょうけんめいはたらいて、もうけたお金で買ったちょうめんだから、しってる字なんか書いてむだにしないで、もっとためになる勉強につかったほうがいいと思います」という。ポン先生は、自分が間違っていたといい、次の日にはこんな宿題を出す。「きょうは、『落ちる』という字をおぼえたね。だから、山へいって、なにが落ちるか、よく見て、『落ちる』という字をつかって、みじかい文を書いてきなさい」 面白い宿題に、子どもたちは大喜びだ。

たぬき学校の生徒たちが「事件」をまき起こしながら成長して卒業するまでの、ほのぼのとして、しかも読者の大人のためにもなるような物語だ。たぬき学校の卒業試験で、鳥はなぜおしっこをしないか、という問題があったが、鳥好きの僕も正解を知らなかった。

後書きを読むと、著者は「教職三十年」の教員出身で、その童話デビュー作なのだそうだ。専門の児童文学作家への対抗心をもって、生活つづり方運動などの教育現場のよき伝統につらなろうという志がある。ネットでもこの作品を懐かしむ声が多いが、この物語の魅力は、現場の先生の実践に裏付けられたものなのだな、とあらためて気づいた。

童話を書いているときが一番楽しくて、子どもがこいしくなったことなど一度もないと著者はいう。「わたしの心の中に、たくさんの子どもがいて、いつでもわたしに話しかけていてくれるからだ。そういう子どもの何人かに登場してもらって、活躍してもらったのが、この『たぬき学校』である」

よい先生、授業の上手な先生というものは、たくさんの子どもたちを自分の身体の中に宿していて、自由に子どもたちを出し入れできる、という僕なりの発見を思い出した。

彼らが授業の話をする時には、形態模写のようにいろんなタイプの子どもたちの姿が再現される。自分のなかにたくさんの子どもたちがいて、それらと自由に対話できるからこそ、実際の教室で、たくさんの子どもたちの相手ができるのだろう。一対多数のコミュニケーションを成立させるための秘訣がここにはある。

著者の今井先生がよい先生であったこと、そしてこの作品が教室のエッセンスを写し取ったすぐれた物語であることはまちがいない。


・記事作成後、今井誉次郎(たかじろう  1906-1977)が著名な教育者であることを知った。