大井川通信

大井川あたりの事ども

デパートの焼きそばの思い出

子どもの頃、母親の買い物についていくのが楽しみだった。駅前の西友や地元の商店街に行くことが多かったが、休日などには隣町の立川までバスででかけた。立川は駅前にいくつものデパートが並ぶこの地域一の繁華街で、あこがれの街だった。

やがて小学校の上級生になり一人で自転車で行けるようになると、お小遣いを握りしめて、手品道具や古銭を買いにいったり、広いオリオン書房で本を立ち読みしたり、天体望遠鏡売り場でカタログをあさったりしたが、それは後の話だ。

母親と買い物に行った時には、いつもきまってデパートの軽食コーナーで焼きそばを食べたのを覚えている。値段は150円くらい。それを楽しみにしていた気もするから、当時不満があったわけではない。実家の経済状態からは妥当な食事だったのはわかるが、食事の思い出がほとんどそれだけなのは、少しさみしい様な気もしていた。

だから、このちょっとくすんだ焼きそばの思い出に、どんな小さなものでもスポットライトが当たる日が来ようとはおもってもいなかった。なにしろ、焼きそばだし。

ところが実はこの焼きそば、大変な人気商品で立川市民のソウルフードだったというのだ。駅前の高島屋の今でいうデパ地下のイートインコーナーで、ベテランの料理人が作る焼きそばは銀の皿に盛られて、値段も150円前後というから僕の記憶にしっかり合っている。人気のミートソース味が中心のラインナップは、お祭りの屋台の焼きそばなどとは一線を画していたのだ。

今回見ることのできた新聞記事は、高島屋の閉店に伴う一週間の限定販売(一食520円:当時の味を再現するためにはこれだけのコストがかかるということだろう)を告知するものだが、人気のため過去3回も復活イベントが開催されているそうだ。

母親とのデパートでの食事は、貧しくわびしいものではなかった。多くの人たちの思い出につらなるソウルフルなものだったのだ。おかあさん、ごめんなさい。そしてありがとう。