まるでネパールに留学しているような環境を活かしたネパール語学習はいろいろな発見に満ちている。同じ語学といっても、僕が今まで経験した机上の英語学習やドイツ語学習とはまったく違う。方向が真逆なのだ。
まとめると、「瞬発力」と「文脈適合力」だろう。英会話というと、正確な発音やヒアリング能力などが真っ先に思い浮かんでいたが、そんなものは何の役にもたたないのだ。
カタカナ発音だろうと文法的に間違っていようと、とにかくコミュニケーションの瞬間の場面で、何か言葉らしきものを発しなかったら、そもそも何も始まらない。まず、口について言葉を出すこと。
では、どんな言葉を出すのか。その場に関連のある(文脈にかすっている)ものでありさえすれば、とりあえずは良い。反対に、文脈を度外視するなら、どんなに正確な発音で正しい文法の言葉を発しても、その場では意味をなさない。
「瞬発力」を維持しながら、「文脈適合力」のレベルを一歩一歩高めていくことが、学習の王道になる。その中で、語学に必要な技能や知識は自然と身についていくのだ。
そうすると、文法という言語のルールに対する向き合い方も変わってくる。少しづつ増えていく言い回しのバリエーションの中で、何か共通点に気づく。法則らしきものを発見して視界がひらかれる。
例えば、商品を求めるときの「ヨ ディノス」(これをください)を覚えて、レジで使いまくる。つぎにネパールでの売り買いの頻出語である「サスト ガルノス」(安くしてください)を覚えて、レジで冗談めかしていう。会話の中では「フェリ バンノス」(もう一度言ってください)という言い回しも便利だ。
あれ、この「ノス」というのは、「お願い」の意味があるんじゃないか。いったん口の筋肉だけで無理やりに覚えた言葉同士の間に「ルール」を発見するのが楽しいし、学びのモチベーションもぐっと高まるのだ。ネイティブも子ども時代、こうした謎解きを繰り返しながら(発見の喜びに導かれて)母国語を覚えていったにちがいない。