大井川通信

大井川あたりの事ども

なぞり術/聞きなぞり 石野由香里 2017

知人の住む旧旅館で開催された「聞きなぞり」の実演に参加してみた。

座敷に座った若い女性が、しずかに老女になったかのように体験を語り始める。これは一人芝居なのではなく、彼女が実在の語り手の話を聞きこみ、それをそのまま再現しているのだという。パンフレットの整理によると、語り手の話をひたすら聞き「身体を開いて通す」ことで、聞き手の中に「落ちる」(語り口が残る)瞬間が訪れる。すると、聞き手と共有したものを、再び身体を開いて返そうという感覚が現れるのだという。

この実践の指導者である石野さんは、かつて役者として他者になりきるリアルな演技を追求した経験をもつ。その後、文化人類学の研究者として異文化理解のフィールドワークの訓練を受けたそうだ。「聞きなぞり」という厳密な技法は、それらの経験と見事なくらいまっすぐにつながっている。

今回は参加できなかったが、石野さんは、「なぞり術」というもう少し汎用性の高い手法も提案している。日常における他人の気になる言動を切り取って、それを実際に演じてみることで、観客とともに身体を通した気づきを共有するというものだ。

僕は今、大井川流域という小さな場所で、過去に生きた人々や現に生きている人々、いや人間以外の生き物たちの生の軌跡についても「なぞりたい」と考えている。たいしたことができていなくとも、少なくともそう望んでいる。だから、とても刺激となる実践だった。ただ同じ「なぞる」といっても、僕の方はずっとラフで、「聞く」ことよりも「歩く」こと、「語り口」よりも「ふるまい」に焦点を当てているのだと思う。