大井川通信

大井川あたりの事ども

ため池のカイツブリ(その3)

ため池の底に一羽取り残されたカイツブリのヒナは、翌日もまだ水たまりにぽつんと浮かんでいた。浅瀬に首を伸ばして、くちばしで何かをすくい取るようにして泳いでいる。双眼鏡でのぞくと、オタマジャクシがうようよいる。元気そうなので、ひとまず安心したら、翌朝、とうとう姿を消していた。4羽とも無事に旅立ったことを、水抜きを待ってくれた管理者の人に電話で伝え、お礼を言う。

家を探して初めてこの土地を見に来た時、ため池の奥の小規模な開発なのにがっかりして、車を止めるのを躊躇したのを思い出す。あのまま立ち去っていたら、大井川とも縁はなかっただろう。あれから20年経って、ここで育った子ども二人が今春社会人となった。カイツブリの夫婦が毎年子育てする池のすぐ脇で、我が家も子育てを終えたことになる。

記録では、この馬場浦池は正徳三年(1713)に造られて、300年の歴史を持つ。池から見れば、数ヶ月の子育ても、20年の子育ても、短いことには変わらない。無名であることも、いつか痕跡なくこの世から消え去ることも、人間の家族もカイツブリの家族もたいして違わないだろう。

我が家の記念となる年に、馬場浦池で彼らの巣立ちを見守れたことが、なんだか少しうれしかった。