大井川通信

大井川あたりの事ども

ターナーの水鳥

知り合いの教師からこんな話を聞いたことがある。大学の付属小学校に勤務していたとき、ベテラン教員から教えられた話だという。若いころ、一生懸命に準備して研究授業を行った。その講評の際、いきなり授業の中身でなく、校庭にどんな鳥が来ているか、と尋ねられて、面食らったそうだ。そんなこともわからずに理科を教えているのかとたしなめられたが、その出来事がきっかけで教師としてモノの見方が広がったそうだ。この話は、鳥好きの僕には、まさにわが意を得たものだった。

ターナー(1775-1851)の風景画展を見た。近景、中景、遠景をきちっと描き分けた王道の風景画がメインで、ターナーという名前で勝手にイメージしていた、それらをごちゃごちゃにしたような絵(例えば機関車のもうもうたる煙で)はほとんどなくて、少しがっかりだった。

ただ大きな風景画にはやはり迫力がある。遠景の城はかすんで、中景のゆったりした斜面には人々の姿がちらほら見える。そして画面三分の一くらいの近景は池で占められているが、左手前には陸地から水に入ろうとしているカモの親子の姿が克明に描かれている。大きな空間を前にして、しかし目前にある一見無意味なモノの細部をとらえる眼は、やはり新鮮だったのだろうと思う。

また別の絵では、遠景に荒れ模様の空と海。中景には荒れ狂う波に翻弄される釣り船の劇的な姿。しかし近景の砂浜の左手前では、ひとまとまりの石が、そこだけ静物画のように丁寧にスケッチされているのだ。