大井川通信

大井川あたりの事ども

『別れのワルツ』 ミラン・クンデラ 1973

読書会の課題図書なので、さっと読んでみる。

個性的な人物同士が、せまい温泉町の五日間に、饒舌に自己を語りながら運命的にからみあう、という小説。いかにも作り物めいた虚構の世界にぐいぐい引き込まれるのは、登場人物がそれぞれ、人間の本質の「典型」を担って、三つ巴、四つ巴でにらみ合うという物語の骨格がしっかりしているからだろう。

・ルージュナ:温泉町の美人看護師。お腹の子を武器にあらぶる。「健康(生殖)」
・クリーマ:人気トランペット奏者。スターらしくない恐妻家のMキャラ。「恐れ」
・カミラ:クリーマの超美人妻で元アイドル。嫉妬にかられつつも自立へ。「美」
・バートレフ:アメリカ人の初老の富豪。とにかく余裕の聖なる性豪。「愛」
・ドクター・スクレタ:温泉町のわがまま医師。不妊治療と称して、自己増殖を笑撃展開。「欲望」(町中に、彼にそっくりの鼻の大きな子どもがあふれ、バートレフの子どもにすら、同じ特徴が見いだせる)
・ヤクブ:政治の世界の苦労人。あれこれ欠落と屈折を抱えつつ、祖国を脱出。「観念」
・オルガ:処刑された政治犯の娘でヤクブが保護者。やや美人で療養中。「病(不妊)」
フランティシェク:ルージュナの地元の恋人。ガチ恋をつのらせ走り回る。「嫉妬」

こうしてみると、「観念」と「病」が結託して「健康」を敵視し、一方で「愛」が「健康」を愛でるという構図もよくわかる。

あれこれ逡巡しつつ他者を毀損する「観念」が何より度し難く、罪作りであること。「愛」すらとりこんで(養父となし、また密かに実子を託して)「欲望」がはびこること。この二点に、小説の世界の現代性を見ることができる。