大井川通信

大井川あたりの事ども

演劇試作『玉乃井の秘密』(その1)

★コロナ禍で、劇場やホールでの演劇やコンサートなどが中止に追い込まれている。僕が予約していた小劇場の舞台も取りやめになった。その中で、テレビ会議システムを使ったオンライン上の演劇などの実験も行われているようだ。

★僕は、以前、少人数の勉強会で、実際に勉強会の会場を舞台にした登場人物3人の演劇の台本を用意して、それをその場で参加者が実際に「上演」することで、演劇を実体験しつつ、それを考察するという試みをしたことがある。

★その時舞台となった旧旅館「玉乃井」の様々な歴史あるモノたちを主役にした安部さん企画の展示会も、コロナ禍で延期を余儀なくされている。僕の「台本」は、「玉乃井」の歴史に着想をえた虚構にすぎないけれども、この機会に二回に分けて紹介してみたい。


【場面1 旧玉乃井旅館応接間にて、9月の会 2006年】

※A、Bがくつろいでいるところに、突然、Cが現れて、両手で広げた布の間で球体が自由に浮遊する手品を始める。二人が身を乗り出してみるうちに、Cは、球体をテーブルの上にのせて、何食わぬ顔で、語り始める。

C(ナレーション):この晩、僕たちは、津屋崎の海岸沿いにある旧玉乃井旅館で、月例の勉強会を始める相談をしていた。
A(安部):勉強会なら、9月の会という名前にしよう。
C(ナレーション):9月に始めるから、9月の会、その平凡さに僕はガッカリしたが、この家の主、安部さんの言葉に僕は従うほかなかった。
A(安部):ところで、今日は、僕が発見した玉乃井の秘密について、話をすることにしよう。
C(ナレーション):突然、安部さんは、真顔でこんなことをいいだした。
A(安部):この応接間の掃除をしていて、僕はある事実に気づいたんだ。この応接間は、どの壁面も旅館本体の構造との間に微妙な隙間がある、ということにね。
B(吉田):というと?
A(安部):つまり、この部屋が独立した大きな木箱になっているのさ。しかも、天井部分の梁には頑丈なフックがあって、この木箱は二階からワイヤー一本でつるされている。それで、この部屋の床下をさぐってみると、驚くべきものがそこにあった・・・
B(吉田):床の下に何があるというんです?
A(安部):何もないのさ。部屋がそのまま収まる真っ黒な四角い穴が、垂直にどこまでも掘られている。

※三人は、身をかがめて、床の下を深くのぞきこんで、しばし沈黙する。


【場面2 玉乃井大広間にて、関門トンネル建設準備会議 1942年】

※3人が床を覗き込んでいる姿勢から、突然、Bが、身を起こして話し始める。それに反応して、A、Cが身体を起こし「会議」に参加する。

B(会議議長):では、第一回関門トンネル建設準備会議を始めることにしよう。関門トンネルが実現すれば、我々は、海路によらずに本州との間を往復できるようになり、わが九州の発展のみならず国力の増進にも大きな寄与となる。政府としては、なんとしても昭和25年までに開通を目指す考えだ。まず、技術部長から話を聞こう。はじめに、なんだって津屋崎というこんな不便な避暑地の旅館玉乃井を会場に選んだのか、理由を説明してくれ。
C(技術部長):本トンネルの経路の計画のためには、初めに試掘用のトンネルを掘らないといけません。この戦時下では、できるだけ低コストで。そこで技術主任には、相当程度広範囲の調査と検討を命じたのです。
A(技術主任):我々は、玄界灘沿岸のボーリング調査で、津屋崎の一角に、きわめて軟弱な地層を発見したのです。地層といっても、ほぼ垂直に伸びる層なのですが、実に不思議なことに・・
B(会議議長):何が不思議だ?
A(技術主任):この一角は、まるで一回掘られた穴を、土で埋め戻したかのような地質となっておるのです。ですから、地下500メートルまで掘り進めることが極めて容易であります。
C(技術部長):500メートル地下には、よく知られた西日本地溝という天然の地下トンネルが、本州方向に走っておりますから、そこにぶつかればたやすく下関近くまでの試掘トンネルを伸ばすことが可能です。
B(会議議長):だいたい、わかった。では、その特異な地層はいったいどこに露出しておるのだ?
C(技術部長)、A(技術主任):この旅館の真下でございます。

※3人は、お互いに目くばせしながら、人差し指を唇につけて、しーっのポーズをし、身を固める。

  (続く)