大井川通信

大井川あたりの事ども

演劇試作『玉乃井の秘密』注釈

3年前に勉強会「9月の会」で、小劇場の舞台の魅力を報告するために、自分なりにそのエッセンスを盛り込んで書いた台本が、この『玉乃井の秘密』だ。

台本の出来はともかく、演劇を考察するために、参加者に実際に演じてもらうというアイデアは、「読書会芸人」にふさわしいものだったと自負している。近ごろは、演劇を観る機会もずいぶん減ってしまったが、当時のメモをもとに台本の意図をおさらいしてみたい。

(1)虚実を織り交ぜる

玉乃井で、2006年に「9月の会」という勉強会がスタートしたことや、戦前に関門トンネル建設のための会議が開かれたことは事実だ。最後に読み上げられる広告文も、営業していた当時の実際のチラシを使っている。しかし、地下工事や地下トンネルについては全くの虚構である。

(2)役者は複数の役柄へ変身する

勉強会の三人が、そのまま関門トンネル建設会議のメンバーとなり、地下工事の労働者になるかと思えば、また元の三人に戻っている。同じ役者が、舞台上で不意に変身するかのように違う役柄を演じだす瞬間は、優れた舞台では実に魅力的だったりする。

(3)舞台は複数の時空間へと変貌する

実際の舞台は、旧玉乃井旅館の応接間であって、一ミリの変更もないのだが、役者の「変身」とともに、強引に戦前の会議の場面や、地下深くの場面へと転換する。時間と空間が自由に瞬間移動するのが小劇場の舞台の魅力だが、そのためには、舞台は具体的な舞台装置の少ない抽象的なものである方がいい。

(4)舞台と客席とが干渉・交流する

本来、演劇の舞台と客席とは別世界という設定のはずである。二つの世界を意図的につなげると、そこにまたメタレベルの世界が生じるという効果が現れる。ここでは、ナレーションや、広告文の読み上げが、観客を直に目指す言葉になっている。

(5)舞台に「ゼロ記号」という定点を導入する

役者の変身と場面の変貌という大きな振幅があるなかで、作品をある統一をもった世界として提示するためには、最低限、その振幅を支えるような「ゼロ記号」が必要になる。この作品では、それは、初めの場面で手品道具として登場する銀色の大きな球だ。これはすべての場面を通じて、三人の真ん中に存在し続けて、エレベーターの操縦装置となったり、魂を吸い込む井戸となったりもする。

 

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