大井川通信

大井川あたりの事ども

『日本近代小説史 新装版』 安藤宏 2020

たぶん高校生の頃だったろうか、教科書の副読本みたいな扱いの文学史の解説書を愛読していた。息子の時代には、豪華なカラー版の国語便覧になっていたから、もうああいうものはないのかもしれない。10代には、そんな文学史をガイドに小説家たちに憧れ、作品を読んでいた一時期があった。

3年前から読書会に参加するようになり、その関連でも小説をまたかなり読むようになった。もう一度、文学史という地図を手に取ってみたいと思うようになったとき、本屋でこの新刊に出会った。

かつてのスターが同じように活躍していて懐かしい。と同時に、新鮮味のある解釈や視点も追加されている。何より付論の「近代日本文学のなりたち」を分析した章が面白かった。

文学史における流派の区分が、当時の小説家たちによってたぶんに自覚的に形成された「文壇」をなぞったものであること。出版界における文学全集ブームによってそれが再度組織化されたこと。あわせて、文学部における卒論の需要が、その制度化に大きく関わっていたこと。僕も批評関連でよく手にしていた『国文学』という雑誌も卒論の需要をあてにしたもので、近年の文学部の衰退とともに廃刊していたことを知った。

自分に残された時間や能力の衰えなどを意識すると、自分の好きな分野やその知識や経験などをコンパクトに把握しておきたいという欲望が芽生える。手のひらで握りしめても、そこからたくさんのものはこぼれ落ちてしまうだろう。しかしその核心みたいなものが最後に残るかもしれない。それを携えて生きていく。

近現代の小説について、手持ちのよい地図になってくれそうな気がする。薄くて余白も大きいから書き込みもできそうだ。近現代の詩の分野の地図なら、嶋岡晨の『詩とは何か』(1998)になるだろうか、とふと思ったりする。