大井川通信

大井川あたりの事ども

カンタロウさん一家

昼休み、東公園の中を歩いても、ほとんどカラスの気配はない。昨日のカンタロウとの出会いは幻だったのか。

そう思いつつ、仕事帰り、昨日カンタロウが現れた公園の入り口近くにさしかかる。当然ながら、偶然の出会いはそうそうあるわけではなかったが、念のために、カンタロウが飛び移った道のわきの林の中にも入ってみる。

林とはいってもそこは、草の刈られた空き地の隣に何本かの木が集まっているに過ぎない。林の隣は、すぐに駅前に続く大通りだ。その空き地から見上げると、高い木の横枝に、待っていたかのように、カラスがとまっていた。しかも二羽。

二羽のカラスの間隔は、十センチもないだろう。心持ち大きいほうがカンタロウか。二羽ともこちら向きだが、さすがにカンタロウの方が、僕のよびかけに首をかしげるような反応をする。仲間のカラスが近くにいるから、僕の鳴きまねに応じることもない。

一回り小さな彼女らしき方も、カンタロウの隣で安心しているのか、はたまた僕という変な人間のことをカンタロウから聞かされているためか、枝の下から見上げても落ち着きはらっている。

二羽の姿は、こんなふうに全く奇妙なものだったが、すぐに何かに似ていると気づいた。あれだ、つげ義春の漫画「李さん一家」の最後の場面だ。

「僕」が借りた郊外のバラックの二階にいつのまにか居候をはじめた朝鮮人の李さん一家。李さんは鳥と話ができる(!)という奇妙な人物で、奥さんも小さな子供たちも表情に乏しく浮世離れしている。

この奇妙な一家がどこにいったかというと、「実はまだ二階にいるのです」という名台詞ともに、最後のコマで二階建ての窓に並んで姿を見せる無表情な一家の姿が描かれる。その李さん一家と、こちら向きに並ぶカンタロウ夫婦の存在感がよく似ているのだ。

今のところ無言で無表情のカンタロウさん一家から敵意を感じないが、もしこの場所に巣をつくって子育てをしているなら、あまり近づくと彼らを怒らすことになるかもしれない。そっと見守ることにしよう。