山川出版社の日本史リブレットシリーズの一冊。同シリーズには同じ著者の『民衆宗教と国家神道』があって、それにはずいぶん教えられた。著者は、研究者というより人としての思いが感じられる思想家的な学者という感じがする。
僕は金光教に関心を持つと同時に、同じ幕末に誕生した民衆宗教である黒住教や天理教、少し時代は下るが大本教のことを知りたいと思ってきた。今となっては想像できないような民衆の暮らしや信仰の事情の中で、教祖らの教えは立ち上げられたはずで、そこには様々な共通点があったはずである。
神がかり(神とのコミュニケーション)も、ごく当たり前であった時代に、しかしそれが一つの教団としての活動を持続できるようなすさまじい強度を持ったという点でも共通の特別な事情があったはずである。そのメカニズムを知りたいと思った。
と同時に、現在の自分が金光教にのみ大きな関心をもっているということから、それらの教団の間には歴然たる差異も見いだせるはずだ、という予断もあった。
残念ながら、この小著だけでは、その共通性と差異性についての明確な認識をもつまでにはいたらなかった。あくまで中山みきの生涯と思想のアウトラインを示すのが目的の本だから、それは無いものねだりだろう。
しかしこの本の印象からだけでも、簡単な仮説を立てることはできる。
天理教の目的は、神から授けられた人間本来の姿である「陽気ぐらし」を実現することであり、そのために欲にまみれた心を「人を助ける」ものへと心の入れ替えを図ることが求められる。「人を助ける」ことが全面に打ち出されているのは金光教と同じだが、金光教では人を助けるための取次が絶対視されているのに対して、天理教ではあくまで陽気暮らし実現のための手段となっているようだ。
本書からは読み取りにくいが、天理教の中心的な儀式は、歌と踊りによって行われるもののようだ。陽気ぐらしを標榜するなら、それを今この場で実現するのが歌と踊りであるというのはわかりやすい。歌と踊りとによって人々は一体化し、神の降臨を感じることができるだろう。一方、金光教の儀式が取次と無音の祈念であることは、それが「人を助ける」ことそのものであるからだと思う。
天理教には、「創造神話」があり、みきの屋敷跡が「ぢば」(根源的な中心)となる。金光教は創造神話を持たず、世界の特権的な中心を指示しない。今ここが常に世界が開かれる中心となりうるのだ。だから、天理教には本部を訪れる信者に「おかえりなさい」とあいさつする習慣があるが、金光教にはそれはない。
こうして比較してみると、天理教は、オーソドックスな宗教団体と共通する部分がかなり大きく、金光教は微妙な差異によってそれを逃れているように思える。