大井川通信

大井川あたりの事ども

新潮文庫の棚

もう20年近く前になるだろうか、この街の国道沿いの書店でのことだ。そこはレンタルビデオ店を併設していたので、家族でよく利用していた。その書店が閉店して、子ども向けの体操教室に建て替わってからは、ファミレスやコンビニなどがあるそのショッピングモール自体に行くこともまれになってしまった。

店内には文庫本の並んだ棚が何列かある。年配の白髪交じりの書店員が、若い店員に向かって、こんなふうに熱心に教えている場面に出くわした。「新潮文庫は、文庫の王様みたいなものだから、正面の一番目立つ棚に並べているんだよ」 郊外型のチェーン店だったので、そんな書店員のこだわりが意外に思えて、耳に残っているのだろう。

子どもの時分、地元の増田書店で、父親が小説の題名の面白さを教えてくれたことがあった。『夜明け前』や『破戒』や『暗夜行路』について、背表紙を指さしながら説明してくれたのも、確か新潮文庫の棚の前だったような気がする。

先月から、文学書を読む読書会に参加している。ふだんは小説を手に取ることはあまりないのだが、久しぶりに新潮文庫を手にして読書にふけっている。サマセット・モーム『月と六ペンス』。