はじめは鳥の話。
高校の頃、一羽のセキセイインコが庭の物干しに止まったのを、母親が捕まえて、家で飼うようになった。羽の先が背中でクロスするのが特徴だった。家族で可愛がっていたが、僕が庭で鳥カゴを運んでいる時に落としてしまって、インコはカゴを抜けだしてしまう。屋根の上を羽ばたいて逃げていく後ろ姿を、今でも鮮やかに覚えている。ちょうど某大学の受験に失敗した日だったから、両親は僕がやけになって鳥かごを落としたのだと誤解したらしい。
大学に入って余裕ができると、隣家の屋根に巣を作っているスズメたちにエサをあげるようになった。そのうちの一羽がとてもよくなれて、手元までエサを取りにくるようになった。まだ若い、好奇心の強いスズメだ。開け放った戸口から、家の中までに入ってきて、エサをねだったりする。そんな関係に、当時ずいぶんと慰められていた。
次に猫の話。
勤務先に子猫が迷いこんできて、仕方なく、自宅に連れて帰った。全身灰色で、ほっとくと人の肩に乗ろうとする。肩のり猫だ。今思うと生後二か月か三カ月くらいだったろう。そう躾けられていたのか、トイレは、キッチンのシンクですませていた。次の日には、職場で引き取り手が見つかったためか、子猫との同居は一晩で終わった。
同じころ、集合住宅の一階の自宅に、近所の猫が巡回で立ち寄るようになった。大きなでっぷりとしたぶちの猫だ。ある時、僕が仰向けのお腹に猫を載せて、そのまま昼寝してしまう。何時間もたって目を覚ますと、猫も寝たままお腹の上にいたのには驚いた。
鳥の話は40年も前のこと。猫の話からも30年近く経っている。当然ながら、お話の中に出てくる動物で今でも生きているのは僕だけだ。それなのに、こんなにくっきりと彼らの姿を思い出すのは、なぜだろう。