大井川通信

大井川あたりの事ども

三年目を迎えて

一昨年の10月からブログを毎日書き続けて、ちょうど丸二年がすぎた。毎日書くようにしたのは、僕がきわめつけの怠け者で、そういう縛りがなければ書き続けられないのがわかっていたからだ。しかし、ただの日記を公開するのなら、それは本人の実際の姿と同じように醜悪なものになるだろう。

だから、毎日の文章には、多少とも自分の思考を刻み、自分の感性にかなうものになるように努力した。僕自身の生活からほんの少しでも離陸するように「祈り」をこめた。といっても毎日のことだから、たいしたことはできない。結局は、その祈りも身の丈にあった離陸をわずかにもたらしただけで、そうした願望や志向を含めて、かえって自分自身をまるごとさらけ出すことになったのかもしれない。

それでいい、それでかまわないと思えたのは、僕が大井川歩きという方法論を見つけていたからだと思う。

自分に家から歩ける範囲の土地で出会う人や自然や事物に責任をもって生きる、という方法だ。それは、おのずから自分が身をもって経験した出来事に関して、そのかかわりに責任をもつ、ということにつながる。

二年間で自然と積み上げられた20の分類カテゴリーは、おそらく自分が生きてきた領域を広くカバーするような精いっぱいなものだ。だから、個々の書評なり感想なりの記事は、多く幼稚で未熟なもので占められている。その幼稚さも未熟さも、今までの僕自身のものだから仕方がないし、それなりに愛おしかったりもする。多くをさらけ出したおかげで、未熟な記事同士がつらなる関係の姿においては、少しは独自のものが出せていたらいいと思う。

この間、圧倒的に多く検索されたのが、話題になった北九州連続監禁殺人事件の記事だ。僕なりには思い入れのある文章なのだが、単に事件の場所が知りたくて訪れた人は、目当ての情報はなく、できそこないのゆるいエッセイを読む羽目になって、申し訳なかったと思う。

この事件の記事もそうだが、この文章は書き残してよかった、と心から思える時がたまにある。そういう瞬間を得るために、まだ当分は、毎日の記事を書き続けたい。