僕の妻が子どもの頃、ボーっとしているとき、「ゆめのきゅうさくのごたる」(夢の久作みたいだ)とよく言われたことは前に書いた。今度は、安部さんから聞いた話。
安部さんの知り合いの人が、昔、夢野久作の三男である参緑(さんろく)さんを自宅に招いたときのこと。自分の母親に、この人が夢野久作の息子さんですと紹介をしたそうだ。あの郷土の有名作家の息子であると、おそらく誇らしげに紹介したのだろう。
すると、母親から、なんて失礼なことをいうんだと、こっぴどく叱られたそうだ。母親からしたら、この人は夢ばかり見てる呆けた人の息子ですと、面と向かって紹介されたと思ったのだろう。
出来すぎてるようでもあるが、なかなか面白いエピソードだ。この話からすると、「夢の久作」とは、相当マイナスイメージの強い侮蔑の意味のこもった言葉なのだろう。あえて自虐や自嘲の意味で、その言葉をペンネームに採用したことがわかる。
ところで、杉山参緑(1926-1990)のことを調べてみると、仕事も家族ももたずに生涯放浪詩人として過ごし、唐原(とうのはる)の旧杉山農園跡地の陋屋で余生を過ごしたという。母親が誤解するくらい、見るからに「夢の久作」みたいな風貌だったのかもしれない。
唐原は、僕が新婚で暮らした思い出の土地だが、当時は夢野久作のことは頭にはなかった。夢野一族ゆかりの場所をいつか探索してみたい。