大井川通信

大井川あたりの事ども

『ゲンロン戦記』 東浩紀 2020

病み上がりで今年初めて読んだ本。すらすらと読めて、さわやかな読後感が残った。読んでよかったと思った。

東浩紀は、10歳年下で、そのためか著名な批評家だけれども思い入れを持ったことがない。しかし、少し遅れて『弱いつながり』(2014)や『観光客の哲学』(2017)を読んで、とてもいいと思った。特に後者は、現代思想をベースとして、ここまでの認識を示すことができるのか、という驚きすらもたらした。何より不思議だったのが、その平明でくせのない文体である。

この文体が生まれる背景には、こんな現実との悪戦苦闘があったのか、と納得する。思想的なカッコいい闘争などではない。小さな企業の経営にまつわる、不格好で、かんちがいとその反省にあふれた、どうしようもない右往左往の記録である。

僕も若いころ、人文系の知や思想家にあこがれて、その精細な認識には特別な力が宿っていると信じていたが、やがて現実には無力であることを痛感せざるをえなかった。この本を読むと思想界のスターだった東浩紀の認識の力は、批評をテーマにした小グループの運営においてさえ、現実を扱う上でほとんど役立っていないことがわかる。ただ東は、たんたんとそれをさらけだせるのだ。そこに凡百の書き手との違いがあるのだろう。

東は、自分の試行錯誤の歩みを「誤配」というキーワードで救出しようとする。そこに強い意味づけをすることで、批評家としての筋を通しているのだろう。ただ、外野の読者からすれば、唯一この言葉の多用がちょっとうるさかった。意外なつながりや予想外の展開というものは、人が生きていく上で大切だけれども、ごく当たり前の出来事なのだから。