大井川通信

大井川あたりの事ども

『オーランドー』 ヴァージニア・ウルフ 1928

読書会の課題図書。

主人公のオーランドは、16世紀から20世紀までの360年間を生き抜いたにもかかわらず、年齢は36歳。17世紀には、性別が男から女に変わっている。「伝記作家」という語り手の存在が絶えず顔をのぞかせたり、性別の転換がなんの説明もなく告げられたり、いつのまにか通常の人生のスケールを超えて時間が経っていたりと、突っ込みどころ満載の面白さはある。

ただ、「両性具有」にはあまりこだわる必要はないかもしれない。最後の章で、著者が種明かしするように、「人間誰でもそれぞれの経験から多種多様な自分との間に多種多様な条件を作っては増殖していける」(ちくま文庫  272頁)のだから、誰もが複数の性をもつ。そのことをまず象徴的、衝撃的に表現するために、性別の転換の宣言をしたのだと思う。

 360年の時間の経過は、はじめはとてもゆっくりと緩慢なのに、19世紀以降、やたらせわしく忙しくなっている。神経質に「現在」が強調されて、主人公の人格や記憶の転換もめまぐるしくなる。とくに自動車の登場の場面で、明らかにそれが加速する。人格、性、時間の「多様性」というものも、人間の本質であると同時に、現代が引き起こした「病い」の側面もあるようだ。

 最後に、大井川歩きにひきつけて考えてみる。360年という時間は、今を起点にすれば、17世紀の江戸時代の初期にまでさかのぼる。僕が近所を歩きながら、景物を手がかりに思いをはせることができるのが、ちょうどその頃までだ。今も使われているため池の大部分が作られ、身近な石塔や寺社も建てられ、巨樹が命を得た時代。

この小説にはモデルとなる史実があったようだが、読者が追体験可能な時間幅の上限は、洋の東西で意外と共通しているのかもしれない。