大井川通信

大井川あたりの事ども

北風に人細り行き曲がり消え

『覚えておきたい虚子の名句200』から。

どうしても教科書やアンソロジーで知っていた句ばかりが目についてしまうのは、名句としてのパワーと味わってきた経験の蓄積があるから、仕方ないのだろう。

その中で、初読ながら、ガツンとやられた句。

北風の中を歩く人の後ろ姿が次第に細くなり、やがて遠くの角を曲がって見えなくなってしまう。それだけをたんたんと見つめて写し取っている。

望遠レンズの向うで、遠くの人影が蜃気楼のなかで揺らめいて見える映画のシーンをまずは連想した。しかしそのシーンにあるような熱や光の強さはこの句にはない。

もっと抽象的で、一筆書きで描かれた略画のような印象だ。それは村野四郎の詩「塀のむこう」のもつ乾いた恐怖に近い感じがする。

「さよならあ 手を振り/すぐそこの塀の角を曲って/彼は見えなくなったが/もう 二度と帰ってくることはあるまい(中略)地球はそこから/深あく欠けているのだ」

今回、書き写してみると、「風」「細」「曲」「消」という漢字が並ぶ。人の命が、風前の灯火みたいなロウソクの炎に例えられている気もして、これも面白い。