大井川通信

大井川あたりの事ども

主治医の写真

一般病棟に移って数日後に、ようやく退院の許しがでて、初めて病棟の診察室に出向いて、主治医から検査結果の説明を受けることになった。白衣を着た主治医は、ごく普通の初老のお医者さんに見える。

初めて主治医に出会ったのは、病状が悪化してこの病院に救急車で担ぎこまれた後、感染対策の重装備をして現れた姿だった。自己紹介もないから、たぶん医者だろうと思うだけだ。病状が病状だけに診断の言葉も厳しい。優しい看護師に比べて、この医者の顔を見るのも怖かったが、それでも先の見えない闘病の中で、ずいぶんと頼りになった。

僕は、主治医に頼んで、診察室で二人並んだスナップショットをスマホで撮らせてもらった。撮影は、看護師さんにお願いした。

ちょっとした思い付きだったけれど、おかげでその時の写真が僕の手元にある。二人ともマスクをつけているのが、時間が経てばコロナ禍の真っ最中らしいと思えるようになるだろう。

病院服を着た僕はやせてやつれてはいるものの、翌日の退院が決まっているためか表情は明るいし、おそらくステロイド薬の覚醒作用のために(笑)気力が充実していている印象だ。主治医の吉武先生は、意外な頼みに少し照れてもいるようだが、穏やかな表情をしている。

この写真を手元に置いて今回の体験と感謝の気持ちを忘れないようにしようというのが思い付きの理由だったのだが、退院から一か月ばかりして、ようやく写真をプリントして額に入れ、部屋の棚に置いた。

初心忘るべからず。この先、僕は何度もこの写真を見て、自分の原点と初心を確認することになるだろう。