コロナ感染症の治療で入院していた病院の周囲は、退院してすぐに歩いた。感染病棟の病室の窓や、一般病棟に移ってからの病室や廊下の窓を、入院中見下ろしていた風景の中に立って確認した。
一方、入院の前に缶詰めにされていたホテルの方は、退去して一か月以上たってから、ようやく訪れることができた。
ホテルでの一週間は、感染症が悪化し、ひどい倦怠感に襲われる中での単調な生活だったから、今となっては強烈な記憶があるわけではない。窓から見下ろす都会の路地の風景も、初めのうちこそ気分転換になっていたものの、やがてのぞき込む気力さえなくなったいた気がする。
ホテルの立地は想像以上に都会のど真ん中で、西日本を代表する繁華街と目と鼻の先のお洒落なホテルだった。貼り紙があって、昨年から専用の宿泊療養施設として使われていると書いてある。
僕の宿泊した部屋は、大通りとは反対側の隅で、ふだん歩かない裏通りの路地に面していたから、一歩表通りに出たら見える繁華街の風景とのギャップには驚かされた。僕の無為と倦怠の一週間は、この街の営みとは完全に遮断された時間だったのだ。
802号室。感染者が急減して今は空室らしいその部屋の窓を確認してから、僕は雑踏へと引き返した。