大井川通信

大井川あたりの事ども

朋あり遠方より来る

もうすぐ退職だけれども、仕事仲間で友人といえる人はいない。もともと飲み会が嫌いだというのもあるが、仕事と趣味(プライベート)との完全な二重生活をしてきたことがおおきいだろう。仕事上の人間関係はそこだけにとどめて、それ以上踏み込むことはなかったのだ。

しかし、それでも何十年間と主戦場としてきた職場だから、ともに苦労してきた仲間と呼べる人たちはいる。彼らも、数年で遅かれ早かれ定年となる世代だ。そういう人たちがたまたま続けて、今の職場に訪ねてきてくれた。もちろん、仕事上の用件もあるのだが、お互いの今後の進路について話したいという素振りも見えたし、僕の方もそんな話がしたかった。

驚いたことに、彼らもまた、今度の身の処し方について、僕と同じ様に悩んでいることだった。そして、順番で先に定年する僕の「決断」に一様に賛成してくれたのも心強かった。もちろん、好意からの励ましだろうが、いい歳の取り方をしているね、とか、お前なら何でもできそうだ、とかの言葉をかけてくれる。

自分が仕事上、使えない人間であることは自分でよくわかっているし、もともと不器用な上に「老化」が重なって、よほど努力しない限り人並みのことができないという自覚はある。ただ、人から認めてもらえる一面もあるということは、やはり救いになる。

そんな話を長男にすると、長男も転職を決意したときに、取引先の人から「君なら大丈夫」と励まされた言葉にずいぶん助けられたそうだ。長男の進路では、今までさんざん偉そうにアドバイスしてきたけれども、今度は僕自身の振舞いと頑張りが、長男の評価にさらされる番になる。子どもの手前、醜態をさらすわけにはいかない、と思う。