大井川通信

大井川あたりの事ども

怒る老人

近ごろは、街中で突然怒り出す老人が多いらしい。

僕も少し前に、こんな老人を見た。スーパーのレジのところで、おじいさんが何か怒っている。近くにいって聞いてみると、自分が買おうとしたお惣菜のパックから、総菜の中身を落としてしまったことで文句をつけているようだ。

惣菜をつめたプラスチックのパックが輪ゴムでとめてあるだけだった。だからすぐにはずれて中身が落ちてしまった。他のスーパーではホッチキスで止めるなりしている。おかしいのではないか、というのがその老人の主張だった。レジが済んだ後に落としてしまったために怒り狂っているようだった。

若い真面目そうなバイトが神妙に応対している。なんて老害だと、僕は義憤に耐えず、隙があれば文句を言ってやろうと身構えた。

 

先日、妻が月に一回、街のショッピングモールで手作りの小物を売るので、前日の商品の搬入をした。事前搬入は、時間を指定されているが一般客の駐車場から直接入れて構わない。そういうルールで何年もやってきたが、売り場に入ったところで中年の体格のいい警備員の男に止められた。搬入口の受付をとおせという。従来の方法を説明しても、問答無用の感じで、今までは大目に見て来ただけだ、今からはそうしなさいときっぱりという。横柄な態度に内心頭にきたが、それが本当のルールならば仕方がない。

連行されるみたいに裏の搬入口に来て受付簿に記入していると、別の警備員からイベントの出品者は記入不要だと言われる。後でわかったが、ここで働いてまだ二か月の警備員は、イベントの取り決めを知らなかったのだ。ところが、その警備員は謝ろうともせずにふてくされている。

僕はもともと短気な人間だけれども外面はいいほうだから、こんな場合に面と向かって人を怒ったりすることはない。しかしこの時ばかりは、声を荒げて相手の非と非礼をなじった。無意識のうちに相手にダメージを与える言葉の攻撃を加えた。妻もそれに加勢してくれたが、妻が用件で席をはずしたあとも、延々と怒り続けた。相手も最後には謝罪らしきことをいっていたし、先輩の警備員も私の教育不足だと頭をさげた。はじめはそんな感じではなかったから、こちらの剣幕に押されたのだと思う。

その時は頭に血がのぼっていたし、実は今でも言い足りなかったと思っているくらいなのだが、振り返ってみれば、僕もすでに還暦。はたからみれば「怒る老人」そのものだろう。総菜のパックが輪ゴムどめなのはおかしいというあの老人の主張と、新入り警備員の仕事ぶりが横柄だという僕の主張とは、自分なりの「正義」にしがみついている点で大同小異なのにちがいない。

妻に聞くと、怒っていい場面だと思うけど、声が上ずっていたとのこと。あんなときは低い声で言ったほうがよかったとダメだしをもらった。