大井川通信

大井川あたりの事ども

カラスと会話する(29日目)

カラスのカンタロウと交流ができるようになって、29日目。この10日ばかりは、それらしいカラスさえ現れず、カンタロウに会うのをあきらめないといけないと思い始めていた。

今日も、最初に彼に出会ったこんもりした林の中で、ストレッチをしたり、正拳好きや前蹴りの練習をしたりしながら、時々遠くのカラスの声にあわせて、カア―カア―鳴いているうちに時間がすぎてしまった。

帰りがけ、水鳥のエサがあるためか、カラスの集団が集まっている池のところによって、未練がましくしばらくカア―カア―とやっていたが、応じてくれるカラスはいない。

ところがふと僕の右肩のすぐ上の枝に一羽のカラスがとまっているの気が付いた。そのカラスは、僕が顔を向けても動じることなく、ときどき小首をかしげたりしている。二メートルもない場所で、こんなに近づくカラスはいないし、逃げ出さないことがおかしい。

全身真っ黒で何のてがかりもないが、カンタロウだ。僕は、必死でいろいろな鳴き声でメッセージを送ってみるが、前みたいに向こうから声をだすことはない。ただ興味深げにそこにとまり続ける姿は、カンタロウ以外の何者でもない。

ようやく枝を移っても、遠くに飛び去ることなく、同じ木のすぐ上の枝で木の幹をつついたりしているところが、まさにカンタロウだ。僕は鳴きまねをやめて、こんどは人間の言葉であれこれ話しかけてみた。それを不審に思わず、聞くともなく聞いているカンタロウ。昼休みの時間切れで、その場を先に離れたのは僕の方だった。バイバイのしぐさを見るともなく見送るカンタロウ。

おそらく、仲間たちの前で、人間に向けてメッセージを送ることがはばかられたのだろう。その気持ちはわかる。僕だって、人が近くに寄ってくると、カラスの鳴きまねなどしていないふりをするのだから。