通勤電車で、空いていたら僕も優先席に座るようになった。車両に優先席が増えたこともあるし、自分もすでに老人に差し掛かって体力が落ちたという言い訳もある。
先日朝の電車で。ボックス席の優先席に背をむけて、お腹の大きな妊婦の人が立っていた。僕はその人の斜め前の入り口付近に立っていた。痩せているからお腹がよけい目立つし、無表情であるものの、なんとなくきつそうな様子は伝わってくる。優先席の側にお腹を見せてアピールするのを避けているふうなのも同情を誘った。
電車内はさほど混んでいなかったので、優先席の後ろまで歩いて、耳元で事情を説明して妊婦の人に席を譲れるなら譲ってもらえるように声をかけようと思いついたものの、やはりそこまでする気持ちにはなれなかった。はじめのタイミングを失えば、車内では現状が既成事実になる。
ところが、そのあと思わぬアクシデントが起きた。とある大学前の駅で、僕のすぐ前に座っていた大柄な学生風の男があわてて立ち上がって出口に殺到したために、妊婦の腹を打ってしまったようなのだ。
妊婦の人は、腹を押さえたまま立ちすくんでしばらく動けない。電車が動き出してしばらくしてからようやく空いた座席にすわったが、ずっと痛そうにお腹をさすっていた。大事にいたらないことを祈るしかなかったが、もし僕が優先席の人に声をかけて席を譲ってもらっていたならば、こんなアクシデントに巻き込まれることがなかったのだ。
僕はなんとも釈然としない気持ちで電車を降りた。