大井川通信

大井川あたりの事ども

『荷風俳句集』 加藤郁乎編 2013

読書会の課題本。俳句だけでなく狂歌漢詩までも集め、詳細な注を付した実にマニアックな分厚い文庫本で、岩波文庫以外ではありえないような編集だ。

ちょうど大井川歩きとの関連で、『日和下駄』等での荷風の街歩きの方法論に学ぼうとしていたところだったので、実にありがたい選書だった。神保さん主宰のこの会との間には、うれしい偶然の一致がしばしばある。

ただし、俳句には街歩きの観点からしても見るべき作品はあまりないような気がした。やはり荷風は生粋の文章家で、散文で十分な自己表現ができる以上、不自由な定型の短詩に必要以上の工夫をする必要ななかったとみえる。江戸情緒を楽しむ補助手段くらいの扱いではなかったのだろうか。

僕が選んだ三作品は以下の通り。

 

里の名を人のとひなばしらつゆの玉の井深きそこといはまし

木枯にぶつかつて行く車かな

鶯や崖の小径(こみち)にのこる雪

 

一つ目は、おそらく玉の井の娼家での遊女の後ろ姿の写真に添えられたもの。1937年(昭和12年)の日付があるから、ちょうど『濹東奇譚』の執筆の頃の作だろう。自分の過去を切り捨てた遊女の悲哀とともに昂然とした名乗りを感じることもできる。津屋崎の「玉乃井旅館」の地下(底)を空想して作劇した僕としては、心がくすぐられる作品でもある。

二つ目も写真付き。ここでの車が自転車が引く箱車のようなものであることがわかる。芥川の『年末の一日』のラストを思い出させる一句。

『日和下駄』では、「崖」の一章を設けていた。傾斜地にはいろいろなものが保存されるが、日当たりの悪い崖には残雪も固まって残っていたのだろう。野沢凡兆の「鶯や下駄の歯につく小田の土」を連想したが、やはり凡兆の視力、表現力が一枚上だろう。ぬかるんだ田んぼの土が、下駄の歯にこびりつくという観察の細かさ。

 

 

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