平成最後の日、東京から来ている姉を門司港に案内する途中で、黄金市場に寄る。昭和の古風な市場を見てもらうためだが、実際は、自分が「なんもかんもたいへん」のおじさんの口上を聞きたかったのだ。
祝日で活気のある市場の狭い路地で、おじさんの言葉が響いている。「いよいよ最後になりました。平成最後のわが社のサービス。天皇陛下は最後のお別れ会。私も五時から行かないといけません」
きゅうりは100円、レンコンは200円、という客との会話の合間に、小気味の良い「でたらめな」口上が続いている。考えてみればザルに値札はついていないから、必ずお客とのやりとりが必要なのだ。
買いものをしている隣のご夫婦に声をかけると、なんと彼らも、平成最後におじさんの口上を聞くために立ち寄ったのだという。だんなさんは、近くの会社に勤めていて、たまたま市場をのぞいたときに、おじさんを知ってファンになったそうだ。
おじさんは足が不自由だから、見かねてお客さんの中で店のお手伝いをしている人がいる、という情報を教えてくれた。僕も、おじさんの家が花屋をしているという情報を伝える。店先で、思わずファンミーティングが成立したのだ。またここでお会いしましょう、といって別れる。
ちなみに黄金市場の案内板を見ると、おじさんが座り込んでザルを並べているあたりには「まつむら花店」という表示がある。市場の人たちはおじさんをまつむらさんと呼んでいて、別の場所でおくさんが花屋をしていると教えてくれた。
「天皇陛下がいるのは日本だけです。他はあんまりいません。私は北朝鮮、ノースコリアだけど、あそこには金正日(キム・ジョンウィル)さんしかおりません。あの人が親分」
相変わらず、冗談とも本気ともつかない口上を聞きながら、買い物をする。ときどき声をはって「なんもかんもたいへん」を交えてくれるのは、そのフレーズが好きだといった僕へのサービスみたいだ。
おじさんは前回の醤油のお土産を覚えていて、そら豆をたっぷりサービスしてくれた。喜んで持った帰ったのだが、生まれて初めてそら豆をむくのを手伝うと、大きなさやに豆が一つずつしか入っていない。それでも、ゆでた豆を美味しくいただく。