大井川通信

大井川あたりの事ども

『暗黒神話』と竹原古墳

古事記を読んでいて、諸星大二郎の『暗黒神話』を読みたくなった。古事記のエピソードがストーリーに組み込まれているのを思い出したからだ。

たとえば、タケミカズチに敗れて諏訪に逃れたタケミナカタは、漫画の中では、洞窟に幽閉された両腕のない怪物として描かれている。このビジュアルは衝撃的で、ガチャガチャでフィギュア化されたこともある。

久し振りに読み返してみると、スサノオオオクニヌシヤマトタケルなど神話のキャラクターが重要な役割を担っているが、作者の奔放な想像力は、ローカルな神話など突き破って宇宙大の世界に届いている。あらためて破格の、奇想天外な物語であると感心した。

昨年の初めに、思いがけず諸星さんとお会いできて、会食に同席したり駅まで車に同乗することができた。そのとき諸星さんの作品を読み直そうと思いつつ、果たせないままでいた。

そもそも大井川歩きを始めたときも、諸星作品の想像力を助けにして土地の物語を読み取っていこうと計画していたはずだった。『暗黒神話』の中にも、そのための手がかりを多く見つけることができる。

物語の重要な舞台である竹原古墳は、僕が今通勤で使っている道のすぐ近くにあるのだが、二十年以上前に一度見たきりだった。帰り道に久し振りに寄ってみる。

四つん這いになって石室の入り口のガラス窓ごしに石壁に描かれた絵をのぞく。竜や馬などの絵はとても鮮やかで、稚拙とも思える筆致だが、それがかえって謎めいて魅力的だ。諸星さんが漫画の重要なモチーフとして使ったのも、なるほどとうなづける。

漫画では、竹原古墳の近くに磐座があることになっている。遠方で気を失った主人公が突然九州で意識取り戻すのがその巨石の上という設定だが、実際にそんなものはない。

少し離れてはいるが、僕の職場近くの散歩コースに、ちょうど似た形の巨石があり、信仰の対象となっている。これを勝手に作品の舞台である「聖地」と見立ててしまおうかなどと考えるのも楽しい。