大井川通信

大井川あたりの事ども

馬柱とは何か

競馬に触れるようになって、馬柱という奇妙なコトバを知った。

馬柱ってなんだろう。「人柱」なら、築城や架橋や堤防工事のときの神にささげる生贄のことだから、少し不穏で残酷な匂いがする。レース中の事故で亡くなった馬を祀った慰霊碑みたいなものだろうか。

あるいは、「蚊柱」という言葉もある。蚊やユスリカが群れをなして飛んで、柱みたいに見える現象だ。レース中に馬が密着して、馬群が柱みたいになることをいうのだろうか。

競馬新聞やスポーツ新聞に載っている記事で、レースに出る馬の情報がぎっしりつまった出馬表というものがある。その一頭分の縦一列を「馬柱」と称するそうだ。競馬好きなおじさんたちが、赤鉛筆片手に検討している姿を見たことはあるが、その時熱く見つめていたのが出馬表の馬柱で、なるほどそんな記事はあったなというぐらいの記憶はある。

コメダ珈琲には新聞がおいてあるが、ふとふだん手にしないスポーツ新聞を手に取って広げてみた。馬柱を見るためだ。すると、ちょっと感動する。これは想像以上にすごいものだった。

縦一列の長い欄のなかに、その馬についてのおよそありとあらゆる情報が圧縮して詰め込まれている。血統や馬主、調教師、騎手はもちろんのこと、今までの成績にかんしても、距離、コース、右回り・左回り、脚質等の細かい分析がある。専門家数人の予想や短評なども。

その分野に無関心ならまるで意味のない数字や符丁の集積に過ぎないということでは、僕にとっては新聞の株式欄みたいなものだったが、いざ中身を知ってみると、そこには具体的でいきいきとした情報が息づいているのだ。

ふと、人間についてもこんな馬柱みたいなものが作れるんじゃないだろうかと思う。その人を丸裸にするような情報の集積を作るとしたら、馬以上に詳細で利用価値があるものが作れるだろう。履歴書とか、マイナンバーカードどころではない。

人間にプライバシーという、一見奇妙な権利があることの理由が分かった気がした。