大井川通信

大井川あたりの事ども

スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学

『新・百人一首』からもう一ネタ。

永田和宏は、細胞生物学の京大名誉教授でもある著名な歌人だが、この代表歌について裏話をしている。「星の動きなどを記述する美しい古典力学に憧れて物理学に入ったのに、量子論となるとまったく理解できない。早々に物理で落ちこぼれて、古典力学の時代はよかったなあと星空を見上げている歌です(笑)」

永田はさらに、学生の頃、湯川秀樹にあこがれて最後の講義を受けたのだと続ける。「授業の内容は忘れましたけど、本物に会ったことは、人生のどこかで自信につながる気がします」

この本物というのは、さまざまな意味があるだろう。当時湯川秀樹は誰もが認める超有名人で一級の学者。その特別なオーラは本物だっただろうし、永田青年のあこがれの気持ちも本物だっただろう。

ただ、この発言が面白いのは、本物の人物に教わったとか、弟子になったとか、影響をうけたとか、認めてもらったとかいうのではなく、単に「会った」ことを取り上げている点だ。

人との出会いは奇跡的だ。同時代に居合わせて、一期一会の偶然から同じ場所に同席する。単に会うことの中に、この人生の妙味があるし、そこから生きる原動力を得ることすらできる。そんなことを教えてくれているようだ。

僕にも、そんな本物との出会いがあるだろうか。文化系の僕は、学生時代、当時めったに表には出てこなかった政治学の重鎮丸山眞男(1914-1996)の講演を聞いたことがある。当時は特になんとも思わなかったが、今では貴重な経験だったと思う。