僕が炭鉱跡に興味をもったのは、20年近く前に、安部文範さんの現代美術プロジェクトに参加したのがきっかけだった。安部さんの依頼もあって、玉乃井別館がかつて炭鉱の保養所だった経緯を調べるために、筑豊の炭鉱跡を訪ねた。探索を重ねて、僕の地元の里山にも、炭鉱の坑口が眠っていることを突き止めたりもした。
美術プロジェクトの数年後に、大牟田の有明坑の見学会があって参加した。海沿いの鉱業所は解体されてだだっ広い平地になっていたが、巨人のような立坑櫓(たてこうやぐら)が屹立して取り壊しを待っていた。僕は、立坑櫓の足元に落ちていた鉄筋の切れ端や石炭のカケラをひろってきて、組み合わせて立坑櫓のオブジェを作ってみた。もちろん全く形状は似ていない。
安部さんは大牟田の炭鉱を舞台にしたラジオドラマの制作にかかわったことがあって、炭鉱見学会の話は興味をもって聞いてくれた。僕が自作の立坑櫓模型を取り出して見せると、しばらく手に取って微妙な表情をしてテーブルに置いた。
今回、玉乃井での美術展の企画として、野尻さんの書店が入る部屋でも展示をしたいという草野さんの話があって、いつのまにか僕も参加することになった。フライヤーに文章を載せてもらったこともあり、断れなかったのだ。打ち合わせでは、窓際の古い家具の天板のスペースを使えることになった。
ただその時は、玉乃井がらみで一度諏訪眞理子さんに展示してもらった旧作「記憶通信」の一部を並べればいいかと思ったが、モノがあってもそれを人に見せる技術がない。プロの展示を見ているだけあって、まったくイメージがわかない。正式の出品ではないのだから断ろうかと思っていたら、深夜に草野さんから搬入の日程の連絡がきた。
僕は覚悟を決めて、明け方の寝具の中で、まったく新しいプランを考えた。今の玉乃井の変貌の中で、安部さんが何より喜んでいるのは、人文系のセンスのいい書店が入ったことだろうと思う。
実は安部さんには、本の出版者としての顔もある。そのことを知る人は少ないだろう。そこで僕は、安部さんが出版した「飛行商会」の本を展示することにした。僕が持っているのは、安部さん著の二冊と同人誌仲間が書いた小説と詩集だ。この4冊を無造作に重ねた感じにしよう。
その隣には、安部さんのかかわった美術展のカタログなどを置くつもりだったが、どうもごちゃごちゃとして資料展示みたいになってしまう。見せたいのは玉乃井主人の言葉だ。それなら肉筆がいいだろう。安部さんからの私信を4通選んで、これだけを置くことにした。病床の安部さんが細かい字で両面いっぱいに書いてくれた最後のハガキも入っている。
本と違って私信は軽いので、文鎮代わりの重しが必要だ。僕は迷いなく、安部さんと縁のあった手製の立坑櫓模型をそこに据えようと思いついた。この稚拙で異形の櫓が、書物と私信の束を「作品」として別の世界へと送り届けてくれることを祈って。
その日の午後、激しいにわか雨の中、生涯最初で最後の自作の搬入作業が無事終了する。