大井川通信

大井川あたりの事ども

『セミ』 ショーン・タン 2019

6月の終わりくらいを皮切りに、自宅の庭でクマゼミの抜け殻を見かけるようになった。今年初めに植木のレッドロビンをすべて抜いて庭土を掘り返してしまったから、地中のセミが心配だったのだが、すでに10個近くの抜け殻を発見している。鳴き声も一週間くらいまえから聞くようになったが、まだまだか細い。例年梅雨明けには、騒音公害といえるくらいになるのだが、今年はどうだろうか。

ショーン・タン(1974-)の新刊の見本を本屋で一読して、不思議とツボにはまったので、購入した。そういう絵本はそうそうない。このところのセミつながりで紹介。

無機的な高層ビル群の、無機的なオフィスで働くセミ氏。小柄だけど、スーツを着込んで、パソコンで入力作業している。仕事はミスなく、欠勤もない。しかし、セミだからという理由で、昇進もなく、残業を押し付けられたり、意地悪をされたりする。そして17年目に定年の日が来る。(あとから、ある種類のセミの羽化までにかかる年数だと気づく)

ボスや同僚から感謝の言葉もないセミ氏は階段を登り、屋上へ。そしてビルの縁に立ち尽くす。自殺するのだろうか?

その時、セミ氏の灰色の身体の真中に亀裂が走り、真っ赤な光が漏れだす。羽化だ。灰色の抜け殻を割って、真っ赤に輝くセミの成虫の姿が現れ、空に飛びたつ。見ると、ビル群のあちこちから、赤いセミが飛び立って美しく舞っている。

絵本は、セミ氏が人間たちを嘲笑する言葉で終わっているが、これはある種の人間の物語としても読めるだろう。平凡な日常にしいたげられる彼らも、いつかは光に包まれて羽化する瞬間がくるのを夢見ている。そういう本当の自分を心の内に秘めている。

これは僕自身の物語だ。そう思いたくなる本。